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高3男子、さぁ、眠りなさい。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:由紀 みなと(ライティング・ゼミ7月コース)

 

「おはよう」

 

朝、私は息子を待っている。

手には作りたてのお弁当。

 

湯気の立つ保温バッグを抱え、秋の冷たい空気の中、息子を待つ。

 

来た。

 

寝ぐせの髪、まだ覚めきらない目。

制服姿でリュックを背負い、こちらへ歩いてくるのを見ると、

今日もまた会えたという安堵が胸に広がる。

 

「おはよう。はい、お弁当」

 

「ありがと」

 

そこから駅までの5分間が、私たちの日課だ。

 

息子は高校3年生。

父親と暮らしていて、私とは別々に生活している。

離婚して1年、この朝の時間だけは、私と息子をつなぐ大切な糸のようなものだ。

 

が、しかし、最近、お弁当を渡せないことが増えてきた。

 

「おはよう」のメッセージがこないままの朝、

忘れた頃に「ごめん、起きられなかった」とLINE通知が入る。

 

高3の二学期に入ってから、そんな日が週に1回、2回と増えていった。

少しだけ不登校気味。なのかもしれない。

 

母親としてどう思う?

そりゃあ、心配じゃないと言えば嘘になる。

 

でも、大事件にはしたくない。

 

高3の秋、微妙な時期。

息子なりに何かと闘っているのだろう。

 

ある日、ふと気づいたことがあった。

息子は、もしかしてロングスリーパーなのかもしれない。

 

ちなみに、息子の父親はナポレオンのような人だ。

実際のナポレオンがどうだったかは知らないけれど、

世間でよく言われる「ナポレオンは3時間しか眠らなかった」という伝説のような、そんな人だ。

 

若い頃の元夫は、本当に超人的だった。

深夜まで仕事をして、3時間だけ眠る。

すっきり目覚めて、キレキレの判断力で会議をこなし、的確な指示を出し、また次の仕事に取りかかる。

 

「よくそんなので大丈夫だね」と言うと、「これで十分」と涼しい顔をしていた。

 

典型的なショートスリーパー。

 

かたや私は、その真逆だった。

幼い頃から「どこでも眠れる、いつでも寝てる子」と、家族に認識されていた。

ソファで寝る、車で寝る、気づいたら寝ている。

まるで猫のような生態だった。

 

結婚後は、元夫に半ば呆れられていた。

 

「よくそんなに眠れるな」

 

その言葉には、不思議さと、少しの軽蔑と、そしてわずかな羨望が混ざっていた気がする。

元夫にとって「眠る」ことは、最小限で済ませるべき非生産的な時間。

私にとって「眠る」ことは、生きるために必要不可欠な、削ってはいけない時間。

 

が、日常生活では、私もそうはいっていられなかった。

なんとか社会人として、母親として機能するよう、5~6時間睡眠の暮らしをしていた。

 

でも離婚して一人で暮らすようになって、気づいちゃったのだ。

 

私にはやっぱり8時間、時には10時間の睡眠が不可欠なのだと。

それ以下だと調子が悪い。目の疲れが取れなくて、頭がぼんやりして、生産性がガクッと落ちる。

 

そう、私は典型的なロングスリーパーなのだ。

 

そんな私の息子である。

息子もきっと、ロングスリーパーの傾向があるんじゃないだろうか。

 

往復3時間を通学に使い、部活で遅く帰宅、帰ってからも勉強。平日の睡眠時間は、おそらく5時間以下だろう。

 

夜になるとあれこれ考えて、なかなか眠れない。眠れないから起きられず、学校を休む。

そんな負のループに入ってしまっているようだ。きっと本人もどうしていいか分からないのだろう。

 

それに、息子は欧州サッカーの熱烈なファン。

シーズン中は、深夜や早朝に試合があるじゃないか。

 

「昨日、マンチェスターの試合観た?」

 

朝、駅まで歩きながら聞くと、息子は眠そうな目で言う。

 

「うん、観た。めっちゃいい試合だった」

 

あちゃー、睡眠時間2時間だ。

そして私は悟る。学校に行けない理由、ただただ「寝不足」なのかもしれない。

 

人間、眠気には勝てない。

若者は恋にも勝てないだろうが、眠気にはもっと勝てない。

 

父親の血を引いているから大丈夫、なんてことはないのだ。

母親の血も引いているのだから。

そして、おそらく、息子は、私に似たのだ。

 

「眠る」って、本当に奥が深い。

 

あれこれ考えて、考えに行き詰まると、私はよく中国語の歌を聴く。

日本語では言い表せない感情のひだが心地よく脳内に響く。

 

そういえば

中国語でも「香」という文字を使う。

 

日本語と同じ「香り、香る」の意味だが、中国語ではとても面白い使われ方をする。

 

おいしそうな料理を見て「香」と言う。

これは日本人にも理解しやすい。いい匂いがする、芳しい、そういう意味だ。

 

そして、中国語では「よく眠れた」ことも「香」と形容する。

「睡得很香(シュエイダヘンシャン)」 意味は「とてもよく眠れた」

なんて素敵な表現だろう。

 

眠りに「香り」をつける。

ぐっすり眠ることを、おいしい料理を味わうのと同じように、豊かで満たされた体験として捉える。

 

この表現を思い出して、心の中で何かがストンと落ちた気がした。

 

睡眠は「削るもの」じゃない。「味わうもの」なのだ。

 

3時間で十分という人もいる。

10時間必要な人間もいる。

たっぷり眠らないと本調子にならない若者もいる。

 

どれが正解だとか、どちらが努力しているとか、そういう話じゃない。

ただ、体がそう求めているだけだ。

 

この先、息子は息子なりに自分の体調と折り合いをつける方法を見つけていくだろう。

サッカーの試合を録画してあとから観る選択もありだし

時にはリアルタイムで観たくて夜更かしする日もあるだろう。

それでいい。

 

学校に行けない理由は、きっと一つじゃない。

体や心、いろんな要素が少しずつ絡み合っていると思う。

無理に理由をつきとめようとしなくていい。

 

そこでだ。

ロングスリーパー代表からこう言いたい。

 

どんなに眠れない夜が続いても、どんなに起きられない朝が重なっても、いつか必ず、すっきりと目覚める朝が来る。

 

だから、眠りたいだけ眠ることを、悪いことだと思わないで欲しい。

睡眠は「香り」なのだから。

おいしい料理を味わうように、ぐっすり眠ることを味わっていい。

怠惰なんかじゃない。生きるために必要な、大切な時間なのだ。

 

今朝も、私はお弁当を手に、息子を待つ。

来ても来なくても、私はここにいる。

 

「おはよう」

 

その一言から始まる朝が、今日もまた、訪れますように。

 

気づいたことをひとつだけ。

「高3男子、眠れば目覚める。明けない夜はない」

 

 

≪終わり≫

 

 

 

***

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2025-10-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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