まさかの再会。芯の強い女に成長しました、どうぞお幸せに
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: 藤原 宏輝( 2026年4月開講・名古屋会場 )
「本日は、よろしくお願いします」
控室のドアが静かにノックされ、扉が開いた。それは挙式の30分前の出来事だった。
「えっ、まさか? ないよね」
背後にその声を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。
私は完全に油断していた。そして、扉の方に視線を向けた。
そこに立っていたのは……。
7年前に私から、自然に離れていった人だった。
元カレ……。
一瞬、思考が止まったが、視線はすぐに彼の手元へと落ちた。
左手の薬指。そこには、静かに光るマリッジリング。
「ああ、そうか。そうよね、やっぱりね」
その事実は、驚くほどあっさりと、私の中に落ちてきた。
1週間前の出来事。
進行確認の時、私は「同じ名前の人もいるんだなぁ」と全く気にしていなかった。
元カレはご新郎様の上司であり、今日この場ではご新郎様側の主賓だった。
結婚式当日のこの控室の中に、もちろん逃げ場はない。
「本日はおめでとうございます、ご挨拶よろしくお願いします」
ブライダルプロデューサーとして、私は微笑み声はいつも通り整っていた。
彼は、少しだけ驚いた表情を見せたあと、静かに頭を下げた。
それだけだった。
それだけなのに、過去の7年前の記憶に一瞬私は向かい、静かにゆっくりと何かがほどけていった。
懐かしい記憶。
何気ない帰り道、意味もなく笑い合った夜。ただ、一緒にいるだけで満たされていた、あの時間。次々と甘い記憶ばかりが、浮かんでくる。
と同時に、ふと我に帰り、あの終わり方も思い出してしまった。
7年前のあの日。
朝に「おはよう」、夜に「おやすみなさい」とLINEを送った。
その1週間前には、映画を観に行った。何も変わらない日々だった。はず……。
その日は、既読にならなかった。
私はそれでも、いつもと変わらず ‘挨拶のLINEや日常のこと、次回の約束の確認’など、何も変わることなくLINEを送り、時には彼に着信を残した。
がしかし、ずっと未読が続いた。
「体調でも崩したのかなぁ?」心配や不安な日々。
しかしその後、何ひとつ連絡が来ない日々が続いた。
これ以上、しつこいと思われるのもイヤだったし、嫌われたのかも? と怖くなり私から、自然に連絡を取らなくなった。
それから、7年。
別れ話もなかった、別れたのか? 待っていれば良いのか? も全く分からなかった。
連絡がない理由も、分からないままだった。
私は自分の本当に気持ちをいつも隠し、無理をしていたことに、ふと気づいた。
「もう、無理して彼に合わせなくてもいいんだ」
と、その終わりを受け入れたら、気持ちが少し楽になり、全てが静かにただ、終わっていった。
5年もの間、いつも彼に合わせていた。
彼のペースに、彼の価値観に、自分を少しずつ寄せていた。
嫌われたくなかったし、重いと思われたくなかった。
だから、伝えたいことも伝えようとせずに、言葉を飲み込み、いつも本音を後回しにしていた。
その積み重ねの先にあったのが、自然消滅だった。
彼が悪いわけではない。
「放っておいても大丈夫だろう」
そう思わせたのは、7年前の私だった。
ご新郎・ご新婦様の挙式が始まると、チャペルに静かなオルガンの音が流れている。
ステンドグラスから差し込む光が、白いバージンロードをやわらかく照らしている。
誰が見ても、穏やかで美しい結婚式だった。
ご新郎様は誠実で、落ち着いた人柄。
ご新婦様は控えめで、優しい笑顔が印象的。
打ち合わせの段階から、何ひとつ問題なく、理想的な結婚式だった。
ご新婦様が、お父様とバージンロードを歩く。
ご新郎様の目が、少し潤んでいる。
私は進行の確認をしながら、いつものように披露宴会場全体を見渡していた。
そしてふと、主賓の席に視線が止まった。
その横顔は、何も変わっていなかった。でも、もう違う人生の中にいる人だった。
不思議と胸はもう、ざわつかなかった。むしろ、静かだった。
「幸せでいてください」元カレの後ろ姿を見ながら、自然にそう思えた。
同時にもう一つの感覚「私は、一人でも大丈夫」とふと浮かんだ。
あの頃の私は、誰かに合わせることでしか、関係をつなげなかった。
でも今は違う。
自分の気持ちに素直でいること、無理をしないこと。
それが関係を壊すのではなく、本物だけを残すのだと知った。
相手に合わせるだけの優しさは、いずれ見抜かれる。
意思がないと思われるし、軽く扱われる。
だから今は、誰かに合わせるのではなく、自分を持ったまま向き合う。
それができるようになった。
やがて披露宴が始まり、和やかな空気の中で、プログラムは順調に進んでいく。
そして、新郎様の主賓ご挨拶の時間。元カレの名前が呼ばれた。
彼はゆっくりと立ち上がり、マイクの前に立つ。
「人は、出会いによって変わります」
その言葉が、まっすぐ胸に届いた。
「新郎と出会い、私は多くを学びました」
穏やかな声だった。私は、心の中で静かに頷いていた。
私も、そうだった。「あなたと出会って、変わった」
あの時間があったから、今の私がいる。
私は、今より幸せになるために、過去にあなたと出会った。
やっと、そう思えた。
主賓のご挨拶が終わりお席へ、一瞬だけ、視線が合った。ほんの一秒。
でも、その一秒に、すべてが含まれていた。
何も言わない、何も求めない。
ただ、互いの時間を認め合うような、静かな視線。
披露宴は滞りなく進み、やがてお開きの時間を迎え、ご新郎・ご新婦様が深く頭を下げ、会場は温かな拍手に包まれる。
私は小さく息を吐いた、何も起きなかった。何も起こさなかった。
もちろん、それでいい。それが、今の私の選択だ。
お見送りの時間。
彼の順番が来た。「今日はありがとうございました」と、私は微笑んだ。
彼は少しだけ驚いた顔をしたあと、静かに笑った。一瞬の沈黙。私は自然に、言葉を続けていた。
「幸せそうで、安心しました」
「おかげさまで」それだけだった。
それだけで、十分だった。彼は軽く会釈をして、帰っていった。
私はもちろん、追いかけも振り返りもせずに、ただ静かに、見送った。
胸の奥に残ったのは、苦しさではなかった。
ほんの少しの甘さと、静かな余韻。
祝福の場で再会した過去と触れることのない距離。
でもそれは後悔ではなく、あの頃の私への、静かな答えだった。
「あなたのおかげです、ありがとう」
そう、ちゃんと笑って言える。
あの頃より、少しだけ強く、少しだけしなやかに。私は、芯のある女になれたから。
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