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ライブは失敗した瞬間から始まる


 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:桜井陽(2026年・GW集中コース)

 

初めて舞台で演奏したのは、高校一年生の夏だった。東京・代々木の小さなライブハウス。親の反対を押し切って買ったギターを抱え、「俺はロックスターになるんだ」と息巻いていた。

 

ライブ前、学校から帰ると部屋にこもって夜中まで練習した。少ない小遣いを全部つぎ込んでスタジオにも入った。弦を押さえる指先は何度も血だらけになった。同級生たちと組んだ五人組バンドは、憧れのアメリカ西海岸のハードロックバンドのように、格好よく初ライブを決める——はずだった。

 

一曲目。私のギターリフから始まる予定だった。しかし、ギターとアンプをつなぐシールドが外れていた。音が出ない。

 

慌てて差し直したが、焦りでテンポはどんどん速くなる。リズムは崩壊。機材の接触も悪く、「ガーピー」という謎のノイズが鳴り続ける。何の曲なのかよく分からないまま、一曲目は終わった。

 

「あんなに練習したのに。もう終わりだ」

 

そこから先の記憶は曖昧だ。五曲ほど演奏しただろうか。そのうち一曲はボーカルとして歌った。覚えているのは、数え切れないほどミスをしたことと、ステージを見つめる観客の顔だけだ。

 

落ち込みながらステージを降りた。ほどなく別のバンドの演奏が始まった。我々より格段にうまかった。ますます惨めな気持ちになった。ところが、ライブ終了後、会場の外で待っていたのは意外な反応だった。

 

「最高だったぜ!」

 

見に来ていたのは同級生がほとんどだったから、多少のひいき目はあったのだろう。それでも、不思議なくらいウケていた。

 

そのとき、なんとなく分かった。完璧だから人は感動するわけではない。むしろ、壊れそうなものを、その場で必死に成立させようとする姿に、人は心を動かされるのだ。

 

ライブは、失敗した瞬間から始まる。

 

あれから三十年以上が経った。結局、ロックスターにはなれなかった。今の私は、イベントで司会をしたり、インタビューをしたりする仕事をしている。だが、気持ちは今でもライブだ。

 

会場に観客がいても、ウェブの向こうに視聴者がいても変わらない。イベントもインタビューも、生放送に近い。一度始まったら撮り直しはできない。何が起きるか分からない。だから、多くの人は「ライブ感」を怖がる。

 

失敗したらどうしよう。沈黙したらどうしよう。場が滑ったらどうしよう。その気持ちはよく分かる。だが私は、高校一年生のあの失敗ライブ以来、むしろ「予定通りにいかない瞬間」にこそ、本番が始まることを知っている。

 

もちろん、勘だけで乗り切れるほど甘くはない。そのことを痛感した出来事がある。

 

司会者として駆け出しだった頃、非常に著名な中学校長二人を招き、「これからの教育」をテーマにしたイベントの司会を担当した。

 

事前準備も打ち合わせもそれなりにやった。「あとはライブ感覚でなんとかなるだろう」と思っていた。結果は、ほろ苦いものだった。

 

教育者二人から有益な話を引き出すこと自体には成功した。だが、普段から教育を専門に取材しているわけではない私には、議論全体を自在にコントロールするだけの知識も視点も足りなかった。

 

アンケートには、「先生方の話は素晴らしかった」という声が並ぶ一方、「司会進行がよくなかった」という感想も少なくなかった。

 

知識不足をライブ感で埋めようとした甘さが、完全に露呈した。ハプニングだらけのライブを泳ぎ切るには、感覚だけではダメなのだ。

 

では、優れた司会者は何をしているのか。私は本を読み、観察し、考え続けた。そして一つの結論にたどり着いた。

 

それは、「万全に準備して、当日は忘れる」ということだった。

 

イベント前には、登壇者との会話を可能な限りシミュレーションする。「こんにちは」から最後の「ありがとうございました」まで、六十分なら六十分の流れを、一つの脚本として頭の中で組み立てる。

 

冗談も、脱線も、沈黙すら想定する。だが、本番では、その準備をいったん忘れる。目の前の人の言葉、表情、呼吸、空気に集中する。そこまで準備して初めて、予定外の出来事を「事故」ではなく、「ライブ」に変えることができる。

 

ある五輪金メダリストをゲストに迎えたときのことだ。世間では「最強の女王」として知られていた。私は予定通り、「なぜそんなに強いんですか」と質問した。すると彼女はこう返した。

 

「いえ、私、本当はめちゃくちゃ弱いんです」

 

一瞬、空気が変わった。こちらが用意していた「最強女王インタビュー」の脚本が崩れるのを感じた。普通なら、「いやいや、そんなことないですよ」と返してしまうのかもしれない。だが私は、その瞬間、内心で少し興奮していた。ライブが始まった、と思ったのだ。

 

予定調和から外れた瞬間に、人間が現れる。だからライブは面白い。そして同時に、その瞬間を受け止めるには、即興だけでは足りない。綿密な準備が必要なのだ。

 

高校一年の夏、ノイズまみれのライブハウスで始まった私の「ライブ論」は、三十年以上経った今も、まだ続いている。

 

 

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