帰省すると、なぜ親子はすれ違うのか
―母たちの本音と子どもたちの言い分、そのちぐはぐさについて―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:河本 和代 【2026年4月開講・京都/通信・2週間集中コース】
帰省は嬉しいはずなのに、親も子もどこか遠慮しあい、すれ違ってしまう。そんな家族のちぐはぐさを考えたのは、スーパーに鯉のぼりや兜の飾りが並ぶ頃、隣人のNさんが訪ねてきた日のことだった。次の休日に娘さん夫妻が帰省するので、我が家の空いた駐車スペースに車を停めさせてほしいという相談だった。
その里帰りが終わったあと、Nさんと玄関先で立ち話に花を咲かせたときのこと。
「帰ってくるのは嬉しいけど、やっぱり気は使うわね」
Nさんが笑う。転勤族だったNさん夫妻が定年後に構えた新居は、娘さんにとって自分が育った家ではなく、どうしても「お客さん」になってしまうらしい。迎える準備や後片付けにくたびれると聞き、わたしは「親の心、子知らずだな」と思っていた。
見知らぬ街での子育てで、我が子を思って厳しくしてきたというNさん。しかし大人になった娘さんからは「お母さんは厳しすぎた」と言われるようになったそうだ。Nさんは「そんなこと、今ごろ言われてもねぇ」と少し寂しそうに笑った。思春期の自分を振り返ると、娘さんの気持ちも、子を思うNさんの気持ちもよくわかった。
Nさんの話を聞きながら、わたしはよその家のこととして頷いていた。けれど、その言葉は次第に、わたしの実家の風景を映す鏡のように思えてきた。親の気遣いは子どもには窮屈に映り、子どもの甘えは親には無神経に見える。そんなすれ違いは、案外どこの家にもあるのかもしれない。
弟は年に二度帰省し、長いときは二週間近く実家に滞在する。母に頼まれた用事はそつなくこなすが、服や本が散らかっていてもお構いなしだ。実家とはいえ、いまは母の暮らす家である。「少しは気を使え」と言いたくなる。いや、ときどき実際に言っている。あるとき、弟がこう言った。
「なんか手伝おうとしても、やりかけたら『しなくていい』って言われるんだよ」
言われてみれば、母はわたしに対しても同じだ。そこには「たまの休みだから、日頃の疲れを癒してほしい」という思いがあることをわたしは知っている。しかし母の言い方の癖で、言われた方は余計なことをしたと責められているように聞こえなくもない。
弟は庭仕事などを手伝おうと考えて帰ってくる。でも「そんなことしなくていい」と言われると、出鼻をくじかれてやる気が萎んでしまう。なんだかちぐはぐな家族である。
先日もこんなことがあった。
「昨日、失敗したのよ。あの子の気持ちも考えずに余計なことを言ってしまった」
電話の向こうで母が、泣き笑いのような声でおどけて言う。母はスマホの写真をわたしに送るつもりが、間違えて弟に送ってしまったらしい。それを見た弟からメールが届き、初めて宛先を間違えたことに気づいたそうだ。別の用事もあって母が弟に電話をし、「ごめん、間違えた」と詫びた。すると弟は「間違っていても、それをわざわざ言う必要があるのか」と機嫌を損ねたという。
わたしは二人のやりとりが可笑しかった。送る相手を間違えたという意味では、母の言葉は正しい。でも、聞かされて面白くないと文句を言った弟の気持ちもわかる。母とわたしは大笑いしながら、拗ねた弟の顔を思い浮かべていた。
「それが言えるのは、相手が親だからよ。甘えもあるの。よそでは言えない気持ちを、あの子は言えてよかったじゃない」
わたしはそう言いながら、再びNさん親子のことを思っていた。
昭和の母と、平成に子育てをしたNさんは、それぞれの環境で必死に家庭を守ってきた。良かれと思ってしたことが、子どもの気持ちに寄り添いきれなかったことも少なくないだろう。子どもたちが大きくなるにつれて、自分の考えや願いははっきりしてくる。意見が食い違い、親の期待通りにはいかなくなる。彼らが自分の言葉で語り出すとき、母たちはその成長を嬉しく思い、ようやく時間に余裕ができるころに、いくつかの懺悔をするのだ、多分。子どもに遠慮して肝心なことを言えない母もいれば、つい余計な一言が口をついて出てしまう母もいる。我が母もそのひとりだ。
子どもはいつの間にか、親の手を借りなくても暮らせるようになっている。遠方に住んでいれば、顔を合わせるのは年に数日でも、帰省は親孝行の一つだと思う。元気で頑張っている姿を見せたい。子どもが親に文句を言う日が来たのなら、それは力をつけてきた証であり、「今なら言っても大丈夫だ」という甘えや信頼があるからだ。わたしたちは幾つになっても、自分のことをわかってほしいと思うものだから。
弟よ。この夏、あなたは気づくだろうか。母の歩幅がほんの少し狭まっていることに。ランチを食べきれずに席を立つことが増えた、その姿に。わたしは娘で女同士だから、母がときどきこぼす本音を聞いてしまうことがある。弟にそれを伝えればいいのか、それとも弟が気づくのを待つのが大人というものなのか。どうするのが正解なのか、いつも見つけられずに途方に暮れる。
母よ。ひとつだけお願いしたいことがある。弟の機嫌を損ねるのが嫌だからと、「姉ちゃんから言ってやってよ」と頼んでくるのはやめていただきたい。大切なことはやはり、あなたの言葉で、きちんと伝えてあげてほしい。そしてわたしにも。それぞれの人生の幕が降りるとき、思い残しがないということは、多分ない。でも、今ならわたしたちには十分な時間がある。
家族だからと、何でも言えばいいというものではない。でも家族だからこそ、言葉にしなければ伝わらない思いがある。嬉しいことを素直に喜び、気がかりなことをきちんと伝える。その当たり前を後回しにしているうちに、わたしたちはきっと、言えたはずの言葉をひとつずつ失っていくのだ。
《終わり》
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