失うからこそ、わかること。覚悟の扉を開けなかった私へ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: 藤原 宏輝 (ライティング・ゼミ名古屋コース)
人生には、その扉を開けた瞬間から、もう後戻りできなくなる事がある。
ときには、病院の診察室のドアもそうなのかもしれない。
半年ほど前。
「週末、空いてる?」
雪乃ちゃんから突然、連絡があった。彼女からのお誘なんてめずらしい。
「会社で何かあったのだろうか? 彼とケンカでもしたのだろうか?」
そんなことを考えながら、私は待ち合わせのカフェへ向かった。
店に入ると、雪乃ちゃんはすでに席についていた。
なんとなくいつもと違って、どこか怯えたような顔をしている。
そして突然「私、もしかしたら癌かもしれない」
癌という単語を聞いた瞬間、私は息をのんだ。
一瞬、身体中の体温が、スーッと奪われるような感覚になった。
昨年、私は大切な人たちを何人も癌で失った。
発見からたった3ヶ月で逝った人もいた、ずっと頑張っていた人もいた、10年前に父の癌が分かった時も同じだ。
2人に1人が癌になる時代。
早期発見で治療し、治る確率も何年か前に比べたら格段に上がっている。
「これ以上、癌で逝ってしまう人がいるのは、絶対に嫌だ!」
私の悲しみは、まだ癒えていない。
「病院には行ったの? 検査は受けたの?」
反射的に聞くと、雪乃ちゃんは
「膀胱炎かなと思って、病院へ行ったの。そしたら婦人科に急いで行ってください。って言われて」とポツリと答えた。
「それで、婦人科には行ったの?」
私は思わず身を乗り出した。
「まだ……、行ってない」と予想通りの回答だ。
「まだ? どうして?」と詰め寄ると、
「婦人科に行ったことがないの、怖くて」
私は、言葉を失った。癌かもしれないと言いながら、病院へ行ってないなんて、信じられない。
けれど話を聞いているうちに、雪乃ちゃんは現実を知ることが怖いのだ。
という事が分かった。
もちろん、誰でも現実を知るのは怖い。
一年ほど前も、雪乃ちゃんは
「最近、膝とか脚の付け根が痛いし、腰がだるいの」
と言っていた。
その後、整形外科に行くと、婦人科を勧められた。
雪乃ちゃんは、誰かの言うことよりもネットの情報を鵜呑みにして、検索を繰り返し情報に振り回されていた。
「癌かもしれないし、更年期かもしれない。症状から考えると子宮筋腫かもしれない……」
検索履歴がどんどん増えていくが「どこも痛くないし」と、婦人科には行かなかった。
「怖いから」と言う気持ちは、わからなくもない。
覚悟を決めることが出来ないその姿は、まるで私のようだった。
私は居ても立っても居られなくなり、その場ですぐに雪乃ちゃんの自宅近くの女性医師が在籍する、婦人科を探した。
「あったよ、ここどう? 今すぐ、予約する?」
と聞くと、彼女は黙って頷いた。
そして一週間後。
「明日行かなきゃ、ダメかなあ」と電話がかかってきた。思わず私は強い口調で
「もし癌で発見が遅くなって、末期とかだったらどうするの!」とキレ気味に言った。
翌朝。雪乃ちゃんは、ようやく婦人科へ行った。
その夜電話があり、
「病院行ったよ、6センチの子宮筋腫だって」
私にも4センチの子宮筋腫があるが、良性と言われているので、もう何年もそのままだ。
雪乃ちゃんは、怯えた声で続けた。
「なんかね、肉腫(悪性で癌)の可能性もあるから、手術した方がいいって……」
私はすぐに、手術を勧めた。
もちろん、不安だろう。でも、現実からこれ以上逃げてはいけない。
もし、本当に癌だったら……。
決断は早い方がいいに決まっている。
すぐに、入院手術の日が決まった。
医師からは「状態によっては、子宮を全摘します」と言われたらしい。
雪乃ちゃんは承諾書にサインしたが、
「妊娠も出産もまだしていないのに、子宮がなくなるなんて」
と逃げ出したい気持ちだったという。
「でも、肉腫だったら死ぬのかも……。それはもっと嫌だ」
と手術を受ける覚悟をした。
手術は無事に、終わった。
雪乃ちゃんの結果は想像以上で、子宮が壊死していたので全摘し、さらに卵巣も摘出された。
退院後、雪乃ちゃんがぽつりと言った。
「私、子どもを産んだ事ないのに、子宮も卵巣もなくなっちゃった」
どこか寂しそうで、私には返す言葉が見つからなかった。
雪乃ちゃんから、今まで一度も
「結婚したい、子どもが欲しい、母親になりたい」
と聞かなかったので、私は勝手に‘そういう人生’を選んでいる人だと思っていた。
でも“いつか”という可能性だけは、心のどこかに残していたのかもしれなかった。
その”いつか”が、手術の日を境に完全になくなった。
まもなく、50歳の雪乃ちゃん。
あの時に逃げ出したとしても、年齢的に妊娠出産の可能性は、ほぼなかったと思う。
それでも、可能性がゼロになる事と、可能性が少しでも残っている事は、全く違う。
その後の生検結果は、良性で癌ではなかった。
私は、心の底から安堵した。
人は、失って初めて知るものがある……。
私は22歳で結婚し、
「子どもはまだ早い、夫婦2人の時間を楽しみたい、仕事も頑張りたい」
その後、25歳で離婚し
「今は仕事が大事、この人は違う気がする、まだ早い」
起業してからは、仕事中心の人生をさらに邁進し、気づけば何十年も経っていた。
20歳くらいまでは、母が21歳で私を産んだから。母のように若いママになりたい。
私もそんな人生を歩くのだと思っていた。
それなのに、私の人生は全然違った。
妊娠、出産、育児を避ける理由を並べ続け、言い訳し続けていたら、
アッ! という間に、出産適齢期を完全に逃した。
私のような女性がいるので、日本の出生率は10年連続減少なのかも、と痛切に感じる。
もちろん、人それぞれの生き方がある。
私は、雪乃ちゃんの手術をきっかけに
「妊娠や出産、育児が怖かった。自分が子どもを産んで育てる、その覚悟がなかった」と思い知らされた。
失敗するのも、責任を負うのも怖かったから、なるべく考えないようにしてきた。
いつも「いつかは」と逃げて、先送りにしていた。
よく考えれば、結婚も同じだった……。
‘人生を誰かの為に使い、誰かと共に生きる’その選択をする事が怖かった。
私は仕事柄、ご新郎・ご新婦様をたくさん見てきている。
結婚も、出産も、子育ても覚悟だ。
人生そのものが‘選択して覚悟を決める’その連続なのだと思う。
覚悟を決めた人たちを、ずっと尊敬し応援してきた。でも本当は、心のどこかで、羨ましかったのかもしれない。
今回は雪乃ちゃんに、人生は‘選択と覚悟’で決まるのだと教えてもらった。
未来の選択は、新しく今から始められる。
これからも‘誰かの為に生きる’と決めた人たちを、心から応援し祝福し支えていく、そこから未来へ繋いでいく。
それが今、この人生で決めた‘私の覚悟’だ。
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