グラムさんとエビフライ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: 小林こば。(ライティング・ゼミ名古屋会場)
大学院生の頃、所属していた研究室にバングラデシュから留学生がやってきた。
名前はグラムさんという。
日本語はほとんど話せず、かなりクセの強い早口の英語を話す人だった。
多少の日本語は理解できるけれど、ちょっと難しいとうまく理解できないようだ。
僕は気にせず、英語と日本語ごちゃまぜの言葉で話しかけていた。
「グラムさん、こんにちは。元気? ハワユーね」
「はい、元気です、kyodafeaxepvetr」
いつも最後は何を言っているのか分からない。
歓迎会の幹事をすることになった僕は、グラムさんに食べられないものがないか尋ねた。
「豚肉とアルコールは、ちょっと難しい」
すまなそうに言う。
グラムさんはイスラム教徒なので、食べられないものがあるらしい。
「オッケー、オッケー、魚は食べれる?」
「魚は、だいじょうぶ」
海鮮系の居酒屋なら大丈夫そうだ。
「エビは食べれる? シュリンプ、エビフライ」
「シュリンプ、だいじょうぶ」
エビフライという単語が通じたかどうか分からないが、僕は右手でサムアップして、サンキューとその場を後にした。
歓迎会の当日、僕はグラムさんを驚かせようと、タコの踊り食いを注文した。
切られたばかりのタコがウネウネと動いていて、食べると吸盤が口にくっついてくる。みんな面白がって食べている。
「グラムさん、タコだよ、オクトパス、どう? 動いていて面白いよ」
と僕が勧めると、
「オーノー、こわい、むり、むり」と逃げていく。
「なんでだよ、タコ食えるでしょ、オクトパス、オクトパス」
と、逃げ回るグラムさんを追いかけて何度も食べさせようとしたら、いい加減にしときなさいと、助手の先生にたしなめられた。
「グラムさん、ジャンボエビフライ、頼んであげるね」
そう言って僕は、食べるものがなくて困っているグラムさんに、1尾2,000円もするジャンボエビフライを2尾注文した。
20センチを超える大きなエビフライが到着すると、周りからは歓声が上がった。
びっくりするほど大きなエビフライだった。それも2尾。
こんな大きなエビフライは僕も食べたことがない。
グラムさんは目を見開いて驚いていた。
そして、おいしそうにエビフライをバクバク食べ始めた。
タコは最後まで食べなかったけれど、エビフライはすっかり気に入ったようだった。
秋、大学の文化祭があり、研究室のメンバーでソフトボール大会に出ることになった。
参加メンバーが足らなかったので、僕はグラムさんを誘った。
「グラムさん、ソフトボールやったことある?」
「ないです」
ソフトボールってなんですか? と困惑気味だ。
「野球、ベースボールみたいなやつ、やったことないの?」
「ないです、わかりません」
何事も経験だから、大丈夫、やってみよう、となかば強引に僕はグラムさんをメンバーに加えることにした。
「とにかくね、バットをボールに当てて、当たったら全速力で走ればいい」
僕は野球のルールを説明する英語力がないので、日本語で簡単に説明した。
バットの振り方も、身振り手振りで説明した。
グラムさんは何となく理解できたようで、オッケーと笑った。
そして当日。
グラムさんは、見たこともない握り方で金属バットを握り、打席に立った。
周囲が少しざわついた。
大丈夫、バットの持ち方なんてなんでもいい。
ボールに当てさえすればいいのだ。
「グラムさん、ボールをよく見てね」
打席に立つグラムさんに声援を送る。
初球、グラムさんはこれまた見たことのないバットの振り方で、ボールを見事に当てた。
ボールはピッチャーの横を転がっていく。
「走れー!」
僕は叫んだ。
グラムさんは不安げに僕を見る。
僕は一塁方向を指さして、「走れー!」ともう一度叫んだ。
走り出したグラムさんを見てホッとした束の間、一塁側から悲鳴が聞こえてきた。
「ギャー」とか「バット、バット」という声が聞こえてくる。
目を向けると、グラムさんは金属バットを握りしめ、右手でそれを振り上げて、一塁へ向かって全速力で走っていた。
バットを振り上げた外国人が全速力で向かって来たので、一塁手が悲鳴をあげていたのだ。
それは怖い。逃げるのも無理はない。
一塁手が逃げ出したので、一塁ベースはがら空きだった。
グラムさんの初ヒットだ。
僕は「バットを置く」という説明を忘れていた。
「ボールに当てて、バットを置いて、全速力で走る」と伝えるべきだった。
グラムさんは、バットをどうしていいのか分からなかったのだ。
置いていくわけにもいかないからと握りしめて、走りにくいからと右手で振り上げて、全速力で走っていったのだ。
僕は、一塁ベースに駆け寄って、肩を叩いた。
「グラムさん、ナイスラン! グッジョブよ。初ヒットね」
グラムさんはニコッと笑った。
右手には金属バットが握られている。
なぜ一塁手が逃げていったのかは、分かっていない様子だった。
僕は、握りしめられた金属バットをグラムさんから引き剥がして、「次は全速力であっちに走ってね」とだけ伝えた。
オッケーと、グラムさんはまた笑った。
その後、僕は大学院を修了し、グラムさんは博士課程に進学した。
数年ほど経って、バングラデシュに帰国したグラムさんからFacebookの友達申請があった。
Facebookで見たグラムさんは、白い民族衣装を着て、金ピカのブレスレットや指輪をはめていた。
明らかにお金持ちの貴族のような写真を見て、僕は驚いた。
もしかすると、彼はバングラデシュの王族のご子息だったのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいい。
彼はやっぱり、いつもの笑顔のグラムさんだ。
タコを怖がり、巨大なエビフライを頬張っていたグラムさんだ。
金属バットを振り上げて走っていたグラムさんだ。
たとえ王族の人だとしても、僕にとってのグラムさんは、あのときのグラムさんのままだ。
Facebookのグラムさんは笑っている。
その笑顔は、あの頃と少しも変わっていなかった。
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