失敗をネタにできる人、できないわたし
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:河本 和代 【2026年4月開講・京都/通信・2週間集中コース】
長年の友人が、あるときわたしにこう言いました。
「失敗なんて、ネタにしちゃえばいいのよ」
わたしはこれまで、失敗やミスをひどく恐れてきました。失敗とは、努力や確認を怠った結果であり、自分の失敗談を誰かに話すことは恥をさらすことだと思い込んでいたのです。
何がきっかけで友人にその話をしたのかは思い出せませんが、切り出すときにはちょっとした勇気が必要でした。それは、旅先の女性トイレでの出来事です。洗面台の前に立った時、列の人から「スカート、まくれてますよ」と声をかけられました。その日着ていたのは、ロング丈のプリーツスカート。下を向くと、腰のあたりに裾が引っかかっていたのです。
「教えてくださって、ありがとうございました!」
恥ずかしさのあまり、急いで裾を直しながら早口でお礼を言って、慌ててその場を立ち去りました。ほんの数秒のことです。でも、そこでわたしを支配していたのは、猛烈な恥ずかしさと、確認しなかった自分を呪いたくなるような気持ちでした。ちょっとした注意で防げた失敗を犯した自分が情けなく、旅行を楽しむ気持ちすら萎えそうでした。実際には起きなかったのに、脳裏には人に笑われる場面が浮かび、その想像はとても苦痛だったのです。
恥ずかしい話ではありますが、誰かに迷惑をかけたわけでもない、言ってみればそれだけのことです。それでもわたしは、外で待っていてくれた旅の連れに、たったいま起こったことを言えませんでした。
過去にそんなことがあったと打ち明けたとき、友人は「あなた、それくらいのことをずっと言えずにいたの」とからりと笑いました。それは見下すような笑いではなく、「そんなの全然たいしたことじゃないのよ、大丈夫」という温かいメッセージでした。その後、彼女は自分の失敗談を教えてくれました。疲れ果てた出張帰りに、新幹線の中にキャリーケースを置き忘れてしまい、最寄駅から自宅に向かう道の途中まで荷物がないことに一切気づかなかったという話です。
「あの時の自分のマヌケな顔、今思い出しても笑えるわ」
彼女はそう言って笑いました。しかも彼女には、そんなネタがいくつもありました。
「あなたもミスくらいするでしょ?」
彼女がいたずらっぽく尋ねました。
「うん、ときどきやっちゃうね」
答えたわたしが神妙すぎたからでしょうか、彼女は続けました。
「わたしなんて、失敗したら『ネタができた』って嬉しくなるよ。落ち込んでいる人が『ミスをするのは自分だけじゃない』と安心できたり、一緒に笑って気が軽くなりさえすれば、その話は誰かの役に立つでしょ」
その言葉は、思った以上に長くわたしの中に残りました。なるほど、とその場ではうなずいたものの、あとから何度も「なぜわたしは、こんなにも失敗を人に言えなかったのだろう」と考えることになったのです。
そんなことを考えていたころ、「ライティング・ゼミ」を受講し、課題に取り組むことになりました。何を書こうか迷った末に、「失敗をネタにすること」について書いてみようと思い立ちました。しかし、ずっと隠してきたことを言葉にするのは、思っていた以上にしんどい作業でした。書こうとすると手が止まり、書いては消し、また書き直す。その繰り返しの中で、失敗をネタにすることと、ライティング・ゼミの課題を書くことは、わたしの中でつながっていたのだと気づきました。どちらも、これまで避けてきたことを掘り下げないと、言葉にできないからです。わたしはこれまで、失敗した自分を見せないようにしてきました。恥をかきたくなかったのです。でも、書こうとすると、その奥にある気持ちまでごまかすことはできませんでした。なぜ失敗したのか。そのとき何を怖がっていたのか。そういうことに目を向けるのを、わたしはずっと避けてきたのだと思います。
一方で友人は、失敗したことだけでなく、そのときの自分ごと受け止めているように見えました。だからこそ、あんなふうに失敗の話も笑って話せるのだと思います。わたしも、そんな彼女の失敗談を気楽に笑って聞くことができました。
ライティング・ゼミを受けてから、わたしは書くために「そのとき何を感じたのか」「なぜそう感じたのか」を、自分に問い返すようになりました。書くには、これまで目をそらしてきた情けなさや弱さにも向き合わなくてはいけません。毎週課題に向かうたびに、わたしは少しずつ、気持ちをオープンにし、自分の言葉を紡ぎ出す練習をしているのだと思います。
友人のように、失敗談を軽やかに話せるようになるのは、まだ少し先のことかもしれません。それでも、失敗した自分を前より少しだけ隠さずにいられたら、今よりは等身大のままでいられる気がしています。失敗をすぐ笑い話にできる日はまだ遠くても、そうなれたらいいと初めて思えたこと自体が、わたしには大きな変化でした。
《終わり》
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