メディアグランプリ

海を許せなくなった夏


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:仲西悠歌(ライティング・ゼミ 5月開講)

「こんなにも。穏やかなのに。津波になるとどうしてなのでしょう」

そう呟いた4年前。猛烈に変わりたかった。

6年間温室のようなお花畑で育った。エスカレーター式の学生生活で、何不自由なく守られていた。大学で直面した。圧倒的な自信を放つ「本物のお嬢様」 たち。彼女たちが滑らかに自分をさらけ出す。殻に閉じこもったままの子供。冷たい疎外感に。押しつぶされる。

大学一年生の夏。東日本大震災の復興支援ボランティアに応募した。行き先は、岩手県釜石市。神戸の震災と東北を繋ぐそのプロジェクトは、挑戦。ポヤポヤお子ちゃまな私を奮い立たせるための旅だと思って行動した。

ある夜、動画を観たり、地元の方々の話を聞く機会があった。復興の形をめぐり、意見が真っ二つに割れている。「波で奪われた町をそのまま復興させたい」という声と、「同じ悲劇を繰り返さないために高台へ移るべきだ」 という声。どちらも切実で、どちらも正しい。正解のない問い。

「私はあの町が好きでね」「もう怖い思いをしたくない」そう。口々に優しい口調で、ため息のような音量で。小さくそれぞれの思いを空気に投げるしかなかった。

翌朝、町の人々が逃げた高台へと向かった。

冷たい風が頬を刺す。遮るものは何もない。見下ろした景色に、息を飲んだ。広がった景色は砂ばかりの広場。骨組みを剥き出しにした市役所。仮設住宅がぽつりと並ぶ。昨晩見た地震前の風景が脳裏に蘇る。ぐっ。押しつぶされる。冷たい。苦しく。やるせない。

苦しい感情にさらに。海の音が聞こえる。

ザザ。バン。ザザザザザ。バン。ザーーー。

断崖を殴りつけるような、音。穏やかな波などではない。かつてあの町をさらった。あの日の空気震わせた。とどろきわたる爆音。

もし地震が起きたら、この音が何時間も鳴り止まない。

家が流れる音、叫び声。声にならない声。

「うわーーーーーーー。 家が。 家が」

「うーーーー 。うしろーーーーー!!」

「きゃーーーー!!   波! こっちまで! 来てるー!! 」

横にいた誰かが、後ろにいた大切な誰かが、ほんの一歩の差で波に引きずり込まれていく。蒼白になり走る。掴む。手を引き寄せ合う。振り返ると、高台へ辿り着けなかった人々。波が坂道手前まで来てた。

昨晩の動画が目の前で起きてるかのように見える。心臓が凍りつくような恐怖が足元から這い上がり。

乾いた唾を飲み込み。

足が勝手に後ずさりしていたことに気づく。

大切な町を、大切な人たちを、こんなにも情けなく離れ離れにした。あの日、彼らが抱えた言葉にならない叫びは、行き場を失ったまま。海の底に沈んでいるのか。どうして。 そんなことを。

この海が許せなくなった。

どこにぶつければいいのか分からない憎さ。どこにも逃げ場のない、ひりついた嘆き。叫び出したくなるような衝動。大切だったはずの日常が、一瞬で奪われた理不尽さへの怒り。剥き出しの自分と対峙していた。

「許せなさ」 を抱えたまま、私は再び人々の輪に戻った。

昼間は地域の保育所で子どもたちの小さな手を握り、全力で追いかけっこ。弾けるような笑顔と体温。地域の集会所では、おじいちゃんたちに麻雀を教わった。ジャラジャラという乾いた音、指先に触れた深い手のシワの温かさ。夜はみんなで狭い台所に立ち、汗をかきながら料理を作り、溢れんばかりの新鮮で濃厚な海の幸を頬張った。「生きてる」 を感じた。

そうだった……。 私は大学内で気後れしていた「器用な立ち回り」 を気にしてここに来たんだ。なんて最低だ。しょうもない。気づかなかった。

言葉にして伝え合う。簡単な、当たり前のことが出来てなかった。恥ずかしい。

ただ目の前の人を信じて、自分をさらけ出す。笑い合う。今を感じる。線香花火を囲み、未来について本気で議論する。先生の誕生日を祝い、涙ぐむ顔を見て喜ぶ。絆を感じる。生きてることを実感する。

みんなが同じ感情になる。やるせなさ。怒り。憎しみ。悲しみ。抱えたまま藻掻く。どうにか幸せを感じて欲しい。起きてしまったことは変えられない。もう抱えたまま進むしかない。この町の人達に以前のような屈託のない笑顔を、またしてほしい。前に進まなくてもいい。同じ場所で足踏みしててもいいから、抱え込まないで。そばにいたい。

震災という大きな悲しみを共有しながら、強い「生きる喜び」を分かち合う人々と、心で繋がって。また来たい、また来るよ。18歳の夏から大学卒業までの4年間。夏に毎年訪れていた。

あれから八年の歳月が流れた。今でも、私の元には釜石の人たちからの温かいメッセージが届く。「私」という人間を丸ごと受け入れ、繋がってくれている。

大学のお花畑ではうまく咲けなかったかもしれない。けれど、神戸から遠く離れた釜石の地で、私は確かに自分をさらけ出した。綺麗事だけではない、海への怒りや悲しみ、誰かを愛する熱情を抱えて。

大人しく、悪意のない温室で育てられたからこそ、「人を疑うことなく、愚直なまでに真っ直ぐに愛する」種を持っていたのだと思う。その種は、釜石の温かさに包まれながら芽を出せた。

人との繋がりを大切にして生きていこうと、何度も思い返している。

<<終わり>>

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