【連載第38回】 《“治す側”から”治される側”を経験した作業療法士が教える『心と身体の再起動スイッチ』》「朝、ゴミを捨てに行っただけの話」―”何もできない”と思っていた人が、もう一度外に出た日―
記事:内山遼太(READING LIFE公認ライター)
※一部フィクションを含みます。
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「私は、もう役に立たないから」
木村さん(74歳)は、そう言って笑った。
笑いながら言う人ほど、その言葉が深いところに刺さっていることを、私はこの仕事で学んだ。
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パーキンソン病の診断を受けて二年が経っていた。
動きはゆっくりになり、外出も減った。家事は娘夫婦が担うようになり、木村さんの日課は、朝起きてリビングに座ること、テレビを見ること、昼食をとること、それだけになっていた。
「何もしなくていいよ」という家族の言葉は、やさしさだった。
でもその言葉が積み重なるうちに、木村さんの中で何かが縮んでいった。
やらなくていい。
しなくていい。
いなくていい。
言葉はそういう意味ではなかったはずなのに、人はそう受け取ることがある。
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「デイサービスでは、何かお手伝いできることはありますか?」
私がそう聞くと、木村さんは首を傾けた。
「私が? でも、こんな身体で……」
「たとえばこれ、次の部屋まで運んでもらえますか」
渡したのは、軽い書類の束だった。
木村さんは少し戸惑いながらも、両手でそれを受け取った。
ゆっくりと、でも確かな足取りで、隣の部屋まで歩いた。
「……できたね」
私がそう言うと、木村さんは少し照れたように笑った。
さっきの、諦めたような笑いとは、違う笑いだった。
—
翌日、木村さんが自分から言い出した。
「今日も、何か運ぶものありますか」
その言葉を聞いたとき、私は内心で深く息をついた。
「ある」と答えることが、今日の仕事でいちばん大切なことだと思った。
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変化は、静かに来た。
一週間後、娘からこんな連絡が入った。
「母が、今朝ゴミを出してくれたんです。自分から袋を持って、外まで行って。びっくりして」
「何か言っていましたか?」
「『これくらいはできるから』って」
「これくらいはできるから」。
その言葉の中に、木村さんの再起動があった。
「できない」ではなく「できる」を数えはじめた、その瞬間が。
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役に立てるかどうかは、できることの大きさではない。
「誰かの役に立てた」という実感が、人を動かす。
その実感は、書類を一束運ぶことでも、ゴミ袋を一つ外まで持っていくことでも、生まれる。
木村さんが外に出たのは、身体の機能が回復したからではなかった。
「自分にもできることがある」という感覚が、玄関のドアを開けさせた。
再起動のスイッチは、いつも思いがけないほど小さい。
そしてそれは、誰かに「ありがとう」と言ってもらった瞬間に、静かに入る。
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こんな人におすすめ
– 「自分は役に立たない」と感じている方
– 人との関わりが減って、外に出る理由がなくなってきた方
– 家族にすべて任せてしまい、自分の居場所が見えなくなっている方
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セルフエクササイズ【社会参加型】
「誰かのための、最小の行動を一つ決める」
① 今日、誰かのためにできそうなことを一つだけ考える
② できるだけ小さく、確実にできる形にする(例:ゴミをまとめる、郵便を取る、タオルをたたむ)
③ やり終えたあと、自分に「できた」と言う
④ それ以上はしなくていい
誰かに感謝されなくてもいい。
「誰かのために動いた」という事実が、自分の中に積み重なっていく。
その積み重ねが、いつか外へ向かう足を動かす。
役に立てるかどうかは、大きさで決まらない。
ゴミを捨てに行っただけの朝が、誰かの再起動になることがある。
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再起動のスイッチは、遠くにあるものではない。
湯のみ一杯分の距離に、足湯一回分の温かさに、口をゆすぐ一動作の中に、ある。
人が動き出すとき、それはいつも、ほんの小さなきっかけからだった。
そしてそのきっかけは、誰かが「できるね」と言ってくれたことだったり、記憶の中の味だったり、玄関の外に置かれたゴミ袋だったりする。
あなたの再起動スイッチも、きっと今日の生活のどこかにある。
❏ライタープロフィール
内山遼太(READING LIFE公認ライター)
千葉県香取市出身。現在は東京都八王子市在住。
作業療法士。終末期ケア病院・デイサービス・訪問リハビリで「その人らしい生き方」に寄り添う支援を続けている。
終末期上級ケア専門士・認知症ケア専門士。新人療法士向けのセミナー講師としても活動中。
現場で出会う「もう一度◯◯したい」という声を言葉にするライター。
2025年8月より『週刊READING LIFE』にて《“治す側”から”治される側”を経験した作業療法士が教える『心と身体の再起動スイッチ』》連載開始。
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