それじゃ、コレは有るの?《週刊READING LIFE Vol.364「不透明」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:山田THX将治(天狼院・ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
「これは、透明では有りません」
窓ガラスを指し示して、こう発言したのは化学の教師だった。国語では無い。
前以って説明して置く。正確には、言い訳を前提とする。
自慢出来ることでは無いが、高校時代私は、化学の試験で得た最高得点が何と‘47点’だった。勿論、100点満点での話だ。50点満点ではない。
即ち私は、高校の科学の授業で赤点かスレスレしか取れなかった、天下無敵の化学オンチだった。
何しろ、化学の出来が悪過ぎて、自動車を始めとする機械工学に興味が有ったにも拘らず、理科系への進学を諦めた程だった。
そんな化学オンチが唯一、授業(化学の)中に反応した教師の発言が、文頭の発言だ。
正直な処、授業中の発言は、その殆どが理解出来ず興味の持ち様が無かったのだ。
化学教師の言葉は続き、
「(ガラスを指した儘)これの色は無色です」
「無色と謂う色です」
「透明と謂う色は有りません」
「透明とは、‘透’き通って見通せる物質の状態を言います」
「従って、これ(窓ガラス)を正確に表現するなら、『無色透明』が正しい」
「即ち、流れる川の水も『無色透明』だ」
と、何だか得意気に続いて居た。
何の話から、無色透明に至ったのか解からない。最高得点47点の科学オンチは、元々、授業が理解出来ていないのだから。
唯、生来の臍曲がりを自認する私(当時、高校生)は、腹の中で、
『それじゃ、有色透明が有るのかい?』
『俺が育った下町の川は、真っ黒で透けてなかったぞ!』
と、ツッコミを入れていた。
声に出さなかったのは、起立して質問しなければ為らないし、第一、苦手な化学の時間に、ややこしく為るのも避けたかったからだ。
教師は、私の心を見透かしてか、
「透明の殆どは、“有色”透明なのだ」
「例えば、ステンドグラスに使う色ガラスがそうだし、君等も使って居るサングラスだってそうだ」
と、少しドキっとする発言も続いた。
何しろ直前の週末、知り合いの女子高生達と、少し早目だったがプールへ繰り出したばかりだったのだ。
その際に、サングラスも使用していたからだった。
サングラスが、‘有色透明’の代表と知って、少しは化学の授業に興味を持ちそうなものだ。しかし偏屈な私は、文系な反応をしただけで、その距離感が縮まることは無かった。
その化学の授業以来、幾年月。私は、一般に交わされる会話の中で、
「透明」
と、聞くと空かさず、
「それは無色」
と、ツッコミを入れる様に為った。
勿論、腹の中で。
然し、その一方で、
『‘不透明’と謂う言葉が有るけど、正確には‘有色不透明’なのでは?』
と、謂う疑問が頭を過るのも事実だった。
高校時代の化学の授業を想い出すと、‘不透明’は見通すことが出来ない状態のことであり、色のことは表現していないことと為る。
だが、見通しが効かない、正確には見通すことが出来ない物質は、必ずと謂って良い程固体で有り、同時に色彩は持って居るものと考えられるのも事実だ。
私はいつしか、先程迄とは反対の、“無色不透明”と謂う物質が有るのか、知りたく為って居た。
化学教師の発言が、何時しか文系の極みとも謂う冪、哲学的な探求と為ったのだ。
そこ迄、崇高ではないものの。
勝手な想像と謂うものは、燃え上がるのが早い。同時に、勝手なだけに意外と深い想像と為る。
その反面、無責任なだけに冷め易いのも事実だ。他方で、予告無く想い出し頭の中を占領されることも有る。
私の“無色不透明”探しは、不定期ではあるが想い出すことと為り、時として連発することも有った。
或る時、既知の大学教授(理系)と会った際、私はこんな事を訊いてみた。
因みにその大学教授は、高校の同級生で同じ化学教師の授業を受けていた。
彼は純粋に、化学教師の教えを理解し、現在の職に就いて居た。
対する私は、自らの理解不足から、余計な妄想を膨らませるだけの人生と為った訳だ。
私は彼に、
『窓ガラスは無色だ。透明と謂う色では無い』
って、授業を覚えているか訊ねた。
真っ当な頭脳の彼は、そんな余談にも為らないことを記憶していなかった。
仕方が無いので私は、
「‘無色透明’は理解出来るし、例も挙げられる」
「‘有色透明’も‘有色不透明’も同じだ」
と、前置きし、
「では、“無色不透明”為る物質なり事柄は、存在するのか?」
と、問うてみた。
大学教授の頭上には、目には見えないものの、数本の‘?’が立って居た。
その筈だ。
彼の表情を読み取り、文系人間らしく言葉(日本語)に翻訳すると、
『このバカ(私)、一体何を考えているのだ?』
『何が言いたくて、そんなバカ気た事を訊いて居るんだ?』
と、為った。
その筈だ。
見下げた様に感じられた彼の眼は、私の思いの外真剣な表情に触発され、徐々に脳内コンピュータを始動させ始めた様だった。
その筈だったと思いたい。
起動した彼の脳内コンピュータは、私のバカ気た問いに、何とか回答しようとしている様だった。
数秒の後、大学教授の脳内コンピュータは、徐(おもむろ)に彼の口を開かせた。
そして、
「これは、見て来た訳では無いし、俺が証明した訳でも無い」
「だから科学者としては、少々気恥しいが」
と、前置きをして、
「そうだなぁ。多分、山田が言う“無色不透明”な物質は、全宇宙上でも存在しないと思う」
続けて、
「唯な、状態かそれに近い物なら有る」
「と、思うよ」
と、言葉を途切れさせながら、
「例えば、“ブラックホール”がそれかも知れない」
と、言うが早いか、私の前で発言を制する様に、掌をこちらに向けた。
「御前が言いたいことは解かっている」
「‘ブラック’と名が付いて居るのだから、有色だと言いたいのだろ?」
と、図星なことを言った。
続けて、
「でもな、“ブラックホール”の色に関して、言及した学者は居ないのだ」
「唯、光をも吸い込んでしまう物体なのだから、見通すことが出来無いことと為る訳だ」
「即ち、“不透明”と為る訳だ」
と、どこか哲学的とも思える回答を出して来た。
宗教家同士の、問答にも似て居ると私は感じた。
「そのこと、何処で話しても構わないか?」
と、私は脳内コンピュータをスリープさせ始めた大学教授に問うた。
彼は、咲顔で、
「俺の名を出さなければ、構わないよ」
と、言ってくれた。
私は勝手に、快諾と受け取った。
それより、半世紀前に浮かんだ疑問に、一応の回答を得たことで、充分過ぎる納得感を得た。
然しその一方で、もう少しだけ、“無色不透明”で妄想を膨らませて行こうとも思って居る。
誠に勝手な妄想なのだから。
誰にも迷惑を掛ける訳では無いし。
暫くは、生成AIなんぞに訊かずに、妄想を楽しんで行こうと思う次第だ。
《終わり》
〈著者プロフィール〉
山田THX将治(天狼院・新ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion
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