婚活したいのに、なぜ動けないのか ~人生を先送りにする「三つの不透明」~《週刊READING LIFE Vol.364「不透明」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:マーガレット佐々木(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
霧の前で、立ち止まる人たち
「婚活、しなきゃとは思ってるんですけど……」
その言葉を、私は今年だけで何度聞いただろう。
私は、大人婚活コーチとして主に45歳以上の独身女性のパートナー探しをお手伝いしている。以前は、既に婚活を始めた方が、活動の途中でつまずいた時の相談が多かった。けれど最近、少し様子が変わってきている。
婚活がうまくいかない、ではない。
婚活それ自体を始められず、その入り口を目の前にして立ち止まってしまう人が増えているのだ。
勉強会を開いても、参加者の半数以上が「始めなきゃ」と思いながらまだ動けていない人たち。あるいは離婚や失恋の痛手から立ち直りきれず、「今じゃない」とつぶやきながら、年単位で活動の再開を棚上げしている。
忙しいから、ではない。
タイミングを待っているから、でもない。
では何が、彼女たちの足を止めてしまうのか。
婚活の現場にいるうち、私には「あること」が見えてきた。
婚活に踏み出せない人の前には、三層の霧がかかっていること。
揺れ動く感情の霧。
定まらない幸せの形という霧。
そして、その幸せにたどり着くまでの道順を隠す霧。
この三つが重なると、人はどれほど「やらなきゃ」と思っていても、動けなくなる。
しかしこれは、婚活だけの話ではない。転職に踏み出せない人。長年の習慣を変えられない人。大切な誰かに連絡できないまま時間だけが過ぎていく人。
人生のどこかで、私たちはみな、不透明な霧の前に立ち尽くしている。
第一の霧――「また傷ついたらどうしよう」
「また失敗したらどうしようって、頭から離れないんです」
そう言ったAさんは、離婚から4年が経った50代前半の女性だった。仕事もある。友人関係もある。生活も整っている。側から見れば、何も怖いものなどないように見える。
けれど彼女は、小さな声で言った。
「でも怖いんです。また傷つくのが」
予期不安、という言葉がある。まだ起きていないことへの恐怖が、今の行動を止める。一度深く傷ついた人ほど、この霧は濃い。例えば失恋など、自分を拒絶される痛みを知っている人は、「また同じ目に遭うかもしれない」という想像を余りにもリアルに描けてしまう。
また断られたら。
また選ばれなかったら。
また騙されたら。
また、大事にされなかったら。
この「また」がついた恐怖は、根拠のない臆病ではない。実体験に裏打ちされた、正当な警戒心だ。
私自身、身をもってその怖さを知っている。
婚活をしていたある時期、私はコロナ禍の自宅で大火傷を負い、二か月の入院を余儀なくされた。退院日を退職日にするよう勤務先から告げられ、病室のベッドで、半分動かない腕のままキーボードを叩き、就職活動をした。
さらにその最中、当時付き合っていた男性からも別れを告げられた。理由は、火傷の痕に残ったケロイドだった。
「ごめん、俺そういうグロいの……無理」その言葉を聞いて、私はしばらく誰かと深く関わることが怖くなった。深く関わるほど、傷は深くなる。それを知っているからこそ、近づくのが怖い。
だからAさんの「また傷つくのが怖い」は、私には他人事ではなかった。
けれど、ここで一つ立ち止まって考えたい。私たちを止めているのは、本当に傷そのものなのだろうか。
私が本当に怖かったのは、火傷の痛みでも、傷跡でもなかった。病室に一人で座り、退院後の生活のために就職活動をしていた夜の、あの静けさだった。
傷ついた私のそばに、誰もいない。
その記憶こそが、私の心に濃い霧をかけていたのだと思う。
だとすれば、処方箋は「傷つかないこと」ではない。傷ついても支えられる土台を、先に作っておくことだ。
気持ちを話せる友人はいるか。自分を責めすぎない習慣はあるか。
一つの結果に、人生の全体重を乗せない心の置き方ができているか。
婚活に踏み出す前には、まず足元を固めること。それだけで、同じ霧でも濃さは変わるものなのだ。
第二の霧――「普通の幸せ」が、もう分からない
「何を求めているのか、自分でもよくわからなくて」
Bさんはそう言って、少し困ったように笑った。60代目前。一度目の結婚を20年で終え、子育ても終わり、仕事も安定している。今はパートナーがいたらいいな、とは思う。
でも、どんなパートナーを求めているのかと問われると、答えが出てこない。
「結婚は……正直、重いんです。また義両親との関係とか、介護とか考えると」とBさんは続ける。
「でも、ただの茶飲み友達でいいのかと聞かれたら、それも違う気がするんです。恋人なのか、パートナーなのか、週末婚なのか、事実婚なのか。自分がどうしたいのか、見えてこないんです」
この宙ぶらりん感は、Bさんだけのものではない。今の大人世代の女性の多くが、ここで立ち止まっている。
私が婚活を始めた10年以上前、婚活市場にはまだ「いかに条件の良い男性を射止めるか」という空気が色濃く残っていた。私自身も、「大学院総代、英語堪能、料理自慢」などと、まるで職務経歴書のようなプロフィールを並べ立てていた。相手に求めるものも、自分が相手に提示するものも、どこか若い頃の延長線上にあった。
けれど今、相談に来る方たちの悩みは変わった。
幸せの形が多様化したからだ。
幸せとは本来、自由であるはずのものだ。入籍するもしないも、同居するもしないも、恋人でいるのも、パートナーとして支え合うのも、その人次第。けれど選択肢が増えた分、人は迷ってしまう。
「普通の幸せでいい」と言う。でも、その普通がもう分からない。
地図が書き直された時代に、古い地図を握りしめたまま歩こうとしている。だから、どこへ向かえばいいのか分からなくなる。だからこそ、アナタにとって幸せとは何か。それを明確にしないまま婚活を始めると、行き先のない旅になる。方向が定まらないから、少しのつまずきで止まってしまう。
だから私はBさんに、相手に望む条件は聞かずに、年収でも、年齢でも、入籍の有無でもない質問をした。
「10年後の日曜日の朝、どんな景色の中にいたいですか」
どんな部屋にいるのか。誰といるのか。どんな空気の中で、朝を迎えているのか。
しばらく黙ったあと、Bさんはぽつりと言った。
「あ……私、誰かと一緒に朝ごはんを食べたいんだと思います」
幸せの形は、自分への問い方を変えると見えてくることがある。
結婚したいのか。入籍という保証がほしいのか。誰かに養ってほしいのか。老後が不安なのか。
それより先に、どんな朝を迎えたいのか。
その景色が見えた時、霧の向こうにあるはずの世界は、少し明るくなる。
第三の霧――正解を探しすぎて、動けなくなる
「何から始めればいいか、本当にわからなくて」
Cさんはそう言いながら、スマホを握りしめていた。アプリを入れようとして、ためらう。出会いの場に行こうとして、どこへ行けばいいか分からなくなる。相談所に問い合わせようとして、そのまま画面を閉じる。
そんなことを、何度も繰り返してきたという。
「ネットで調べると、情報が多すぎて、かえって混乱するんです」
これは決断力の問題ではない。情報過多の時代に、完璧な最初の一手を探そうとすることの罠だ。
間違えたくない。損をしたくない。傷つきたくない。笑われたくない。
その慎重さが、結果として「動けない」という状況を作ってしまう。
婚活の入口は、今やあまりにも多い。マッチングアプリ、結婚相談所、婚活パーティー、趣味のサークル、友人の紹介。それぞれに特徴があり、向き不向きがあり、費用も時間も違う。
何が自分に合うかは、やってみなければ分からない。けれど人は、「やってみる」前に正解を知りたくなる。
そして調べ続ける。調べれば調べるほど、不透明さは増していく。
この霧に対して、私がCさんに伝えたことはシンプルだった。
最初の一歩を、扱えるサイズにすること。
婚活を始める、と思うから重い。結婚相手を探す、と思うから怖い。人生を変える、と思うから足がすくむ。
ならば、もっと小さくしていい。プロフィール写真を一枚撮ってみる。それだけでいい。
写真一つにも、考えることはある。自撮りにするのか、誰かに撮ってもらうのか、プロに頼むのか。服の色、髪型、メイク、表情、ポーズ。プロフィール写真といえども、意外なほど奥が深い。けれど、だからこそ丁度いい。
婚活そのものではなく、婚活を始めるための準備を一つだけする。すると扱えないほど大きかったはずの怖さが、扱えるサイズに縮むのだ。その小さな一歩が、霧の中に足跡を一つ残す。
一歩踏み出せたなら、次の一歩は少しだけ怖くなくなる。
動いていた私も、霧の中にいた
三人の話を聞きながら、私は思う。
彼女たちは、意志が弱いわけでも、勇気がないわけでもない。むしろ真剣に考えているからこそ、霧が濃く見えるのだ。深く考える人ほど、不透明さに敏感である。
そしてもう一つ、これら三つの霧は、層をなして互いに影響し合っている。
感情の霧が薄くなると、幸せの形を考えられるようになる。幸せの形が見えてくると、行き先が決まる。
行き先が決まると、歩き始める最初の一歩のサイズが分かる。この順序で、霧は薄くなっていく。
しかし、その逆はない。感情の傷が疼いていれば、幸せの地図は描けない。幸せの形が見えていなければ、正しい道順など選べない。つまり、婚活を始めるには、整えるべき順序があるのだ。
それを知っているかどうかで、スタートラインはまるで違う。
私自身も、かつては霧の中にいた。
50歳で離婚し57歳で再婚するまで、婚活に7年を要した。その原因の一つは、今思えば、幸せのゴールを定めないまま闇雲に婚活を始めたことだった。
当時の私は、我ながらブルドーザーみたいだったと思う。
様々な講座に通い、自分磨きをし、プロフィールを整え、出会いの場に行き、とにかく何かをしていた。動いていれば前に進んでいると信じたかった。早く誰かを見つけて、失った自信を取り戻したかった。
でもそれは、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるようなものでしかなかった。
動いていたが、霧の中だったから。
何もできずに止まっている人だけが迷っているのではない。
たとえ動いていても、向かう先が不透明なままなら、人は同じ場所をぐるぐる回り続ける。ただ、動いたからこそ晴れてきた霧もあった。私はもがきながらようやく、自分が本当は何を求めていたのかに気づいていった。
私が欲しかったのは、結婚ではなく覚悟だった
今の夫からプロポーズされたとき、彼はこう言った。
「初めは、『私を看取ってくれますか』とプロポーズするつもりでした。でも、大切な人を看取る辛さを貴女には味わわせたくない。だから私に、貴女のことを看取らせてください。それが私のプロポーズです」
涙が止まらなかった。
自分が看取られることより、私の最期を背負うという覚悟を見せてくれた人。それは私がずっと、言葉にできないまま求めていたものだった。私は、結婚という形式や誰かの妻という肩書きが欲しかったのでもない。どんな状態の私でも、側にいるという覚悟を持てる人に出会いたかったのだ。
あの大火傷の夜、私が本当に怖かったもの。病室で一人、退院後の生活を考えていたときの静寂。
傷ついた自分を、誰も支えてくれないという恐怖。夫の言葉は、その対極にあった。
「看取らせてください」その言葉によって、私の中にあった幸せの形が、ようやく輪郭を持ったように思えた。
私が求めていたのは、どんな私でも共にいるという覚悟だと、その幸せの形が見えたとき、行き先が定まった。
行き先が定まったとき、何をすべきかが分かった。何をすべきかが分かった時、幸せへの一歩が踏み出せた。
三つの霧は、この順序で薄れていった。
不透明の中を、それでも歩く
人生の霧が、完全に晴れることはない。
婚活を始めても、うまくいくかどうかは分からない。
出会いがあっても、その先が続くかどうかは分からない。
結婚しても、老後がどうなるかは分からない。
人生は最後まで、不透明だ。
でも、霧は晴れなくていい。それが私の気づいたこと。
どこへ向かうか。それだけが決まれば、霧の中でも歩けるからだ。
一歩踏み出せば、その分だけ景色が変わる。景色が変われば、また次の一歩が見えてくる。霧が晴れるのを待つのではなく、霧の中を歩くことで、少しずつ輪郭が現れてくる。
「婚活しなきゃとは思ってるんですけど」
その言葉を聞くと、私は思う。その「思っている」は、既に一歩だと。
相談に来てくれた。それだけでも一歩を踏み出し、霧の中に方向を探し始めている証拠だ。
ならば次には、その順序を知ること。
まず、感情の傷に向き合う。
次に、自分の求める幸せの形を問い直す。
そして、扱えるサイズの一歩を見つける。
完全に透明になるまで、待つ必要はない。
不透明の中を、それでも歩く。その一歩が、きっとアナタの人生の第二章を開く鍵になると、私は信じている。
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