メディアグランプリ

テレジン収容所の記憶


 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:小林こば。(ライティング・ゼミ名古屋会場)

 

「コンニチハ」

受付の男性の日本語は、流暢ではなかったけれど、とても優しかった。

その笑顔を、僕は今でも覚えている。

なぜ、こんなにも強く印象に残っているのだろう。

おそらく、あまりにも穏やかなその笑顔と、その場所が背負っているものが、あまりにも対照的だったからだと思う。

 

大学三年の春休み、僕は東ヨーロッパを旅していた。

強制収容所といえばアウシュビッツしか知らなかった僕たちは、チェコに収容所があると知り、せっかくだから見ておこうということになった。

プラハからバスに乗り、一時間ほど揺られた。

乗客は少しずつ降りていき、最後には僕たちだけが残っていた。

たどり着いたのは、テレジンという小さな町だった。

プラハから北西へ約六十キロ。

バスから降りると、そこは何とも寂しげな場所だった。

どんよりとした雲が空をおおっていた。

何人かの観光客に混ざって入り口でチケットを買い、施設に入っていった。

 

展示室には写真や資料が並べられていた。

説明を読まなくても、そこで何が行われたのかは分かった。

目を覆いたくなるような写真が続いている。

展示室を出て、僕たちは収容所の中を歩いた。

古い建物が当時のまま残されている。

狭い部屋。

並べられた寝台。

シャワー室。

薄暗い地下通路。

実際にここに収容されていた人々を想像し、悲しくなった。

人間が人間に対して、どうしてここまで残酷になれるのだろうか。

そんな問いだけが残った。

 

収容所の建物の外に出ると、一人の白人女性が座っていた。

二十代くらいの女性だったと思う。

彼女はパンフレットを手にしたまま、静かに泣いていた。

声を上げるのでもなく、ただ座ったまま、涙を流していた。

僕の記憶に強く残っているのは、収容所よりも、その女性の涙だ。

薄暗い建物の横で泣いていた女性の姿が、今もときどき脳裏によみがえる。

 

そして僕たちも、涙こそ流さなかったけれど、言葉を失っていた。

何を話したのかほとんど覚えていない。

収容所を出たあともずっと、重い空気に包まれていた。

ほとんど会話をしなかったのだと思う。

「ひどかったね」

そんな一言さえ、口にすれば軽くなってしまう気がした。

それくらいに、心にずしりと響くものがあった。

ポーランドのアウシュビッツにも行く予定だったけれど、行くのをやめた。

テレジンだけで、十分だと思ったからだ。

 

旅はチェコからオーストリアへと続いた。

ウィーンでは、王族が暮らした豪華な宮殿や博物館を見て回った。

本来なら、その美しさや壮大さに感動していたのかもしれない。

けれど、テレジンを訪れた直後の僕には、それらを素直に楽しむことができなかった。

豪華な部屋や宝飾品を眺めるたびに、その陰で犠牲になった人たちのことを考えてしまう。

それが史実として正しいのかどうかは分からない。

ただ、あの日の僕には、華やかな歴史と、残酷な歴史を切り離して見ることができなかった。

 

日本に帰国したあと、僕はナチスに関する映画や記録映像をいくつも見た。

テレジンで抱いた問いが、帰国してからも頭を離れなかった。

アドルフ・アイヒマン裁判のドキュメンタリーを見た。

ハンナ・アーレントを読み、「悪の凡庸さ」という言葉について考えた。

アイヒマンは、「自分は命令に従っただけの役人だ」と語った。

僕が恐ろしいと思ったのは、彼が特別な怪物には見えないことだった。

「命令された仕事をしただけ」

「決められた規則に従っただけ」

自分で考えることをやめてしまった、普通の人に見えた。

ごく普通の人が、巨大な殺戮の仕組みを動かしていたことが信じられなかった。

とにかく僕は、自分の頭で考えることをやめてはいけないと思った。

 

それから長い時間が過ぎた。

社会に出て、仕事をし、家庭を持った。

生きていれば、自分の考えだけでは決められないこともある。

納得できなくても、誰かの判断に従わなければならないこともある。

会社の判断だから。

前例があるから。

常識だから。

みんながそうしているから。

そんな言葉に身を委ねた方が、楽なこともある。

 

けれど、そのたびに、大学生のころに抱いた問いが、どこかで顔を出した。

自分の頭で考えることをやめてはいないか。

自分の行動の責任を、誰かに預けてはいないか。

テレジン収容所を訪れ、アイヒマンについて考えたことは、いつの間にか僕の倫理観の底に残っていたのだと思う。

会社を辞めて独立したときも、人生の節目で何かを選ぶときも、最後は自分で考えて決めようとしてきた。

もちろん、自分で考えたからといって、正しいとは限らない。

間違えることもある。

だからこそ、自分を疑う。

「これは本当に正しいのか」

「その先で、誰かを不幸にしていないか」

立ち止まり、何度でも問い直している。

 

考えるとは、自分の正しさを信じ込むことではない。

自分が間違っているかもしれないと疑いながら、それでも答えを誰かに委ねず、自分の責任で選ぶことなのだと思う。

 

あの日、テレジン収容所で見た景色。

どんよりとした雲の下、ただ涙を流している白人女性の姿。

その姿は、今も僕の中に強く残っている。

そして、大学生だった僕が胸に刻んだことも、今も変わっていない。

自分の頭で考えることをやめてはいけない。

 

お前は、自分の頭で考えているか。

自分の行動の責任を、誰かに委ねてはいないか。

テレジン収容所の記憶は、今も僕の奥底で、静かに問いかけている。

《終わり》

 

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