メディアグランプリ

静けさが自分を満たしていく。


 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:奥津光佳(ライティングゼミ・2026年5月開講/通信・4ヶ月コース)

 

僕は動画が大好きだ。YouTubeを開くと気になることで溢れてる。

ある人の1日を追ったブイログ、朝のルーティーンの様子、壮絶な人生を送った人のインタビュー、言語学のようなマニアックな分野を面白おかしく解説してくれるチャンネルに、思わず買ってしまいそうになる熱烈レビューの書籍紹介…。

挙げればキリがない。こんなにも面白そうな動画が溢れて、しかも毎日更新されている。そして、十数秒で見切れるショート動画の数々。気が付けばスマートフォンを手放せなくなった。

 

ソファーに座ればショート動画をスワイプし続け、料理や洗濯をしている時には、ラジオ代わりに動画を流し続けている。車の運転中も何もしないのはもったいなく感じてしまい、仕事で役立ちそうな動画を延々と再生している。

気が付けば1日数時間動画を流し続けている。どこにいくのにもスマートフォンを手に持っている。すっかりYouTubeのトリコになってしまった、というよりも、これはもはや依存しているような感じだ。

 

巷のニュースでは、よく「デジタル認知症」や「脳疲労」という話をよく聞く。そういえば、最近「あれ」とか「これ」とか、パッとモノの名前が出てこなくなった。用事を忘れていて、大慌てしたということも思い返せば増えてきている気がする。

 

これはいけない! と流石に思い始めた。

それではと、とりあえず調べて見ては色々とやってみる。どうやら同じ部屋にスマートフォンを置いておくのはよくないらしい。つい、手を伸ばして触ってしまうからとのこと。そう聞けば、何か作業をしたいときは別の部屋に置いておくようにする。しかし、ふと気づくと何故か手元にスマートフォンがある。

あれ? と思って別の方法を試す。そもそもアプリを入れているから開いてしまうんだと気づき、YouTubeのアプリを消してみる。なるほど、これはなかなかいい。そもそもアプリがないのだから、スマートフォンを触るきっかけもない。せっかくいい感じだったのに、今日は長距離を移動するからちょっとくらい動画を聴きながらいく、大丈夫帰ってきてからまた消せばいいさ…と、油断してアプリを入れる。そこから気づくと元の生活に逆戻りだ。

これが依存かと自分でもびっくりする。スマートフォンを遠ざけても、アプリを消しても、だんだんと元通りになっていく。

じゃあこれ、次はあれ、といろいろと試してみるがうまくはいかない。さてさて、どうしようかと困り果ててしまった。

 

そして、ふと思いついた。方向性を変えよう! 試してきた方法は、どれもスマートフォンを触らないように「我慢」するというやり方だ。それじゃあいけない。なぜなら、スマートフォンの誘惑に勝てなくなった時、元に戻らざるをえないからだ。ならば、逆に我慢しなくても心地よく過ごせるようにしよう。

そんな方法を探して見つけたのが「坐禅」であった。

坐禅というのは、あぐらのような姿勢を組み、一定時間、自分の呼吸に意識を向けたり、数を数えて心を整えるという仏教の修行の一つのことだ。

どうやらこれがスマートフォンの依存に効くらしい。

 

とりあえず形から入るタイプなので、せっかくなら本格的な雰囲気でできる場所へ行こうと調べたところ、近所で毎週日曜日の朝5時から1時間、和尚さんと一緒に座禅ができるお寺を見つけた。

思い立ったが吉日ということで、その週末にはお寺へと向かった。

 

そのお寺は国宝に指定されている。お寺に着くと正門(正確には「総門」と言うらしい)は固く閉ざされている。どこから入るのだろうと探すと、正門の脇に人が一人通れる扉がある。分厚い木でできた扉をぐいっと開いて中に入る。

このお寺は面白い構造になっていって、正方形のような回廊になっており、中庭を進めるように十字の道がある。中庭は芝生が綺麗に整えられ見応えが素晴らしいらしいのだが、今は薄暗くてよく見えない。

回廊に設置された心許ない電灯の灯りを頼りに奥へと進んでいき、座禅を組む「禅堂」へと向かう。

 

無事に禅堂に辿り着き、敷居を跨いで中に入ると、そこには厳かな空間が広がっていた。空間の真ん中には大きな仏像が鎮座し、その前では和尚さんが手を合わせている。先に来ていたであろう人たちは、座敷に上がりみんなが壁に向かって座禅を組んでいる。それなりの人がいるのに物音ひとつしない。ただただ、静かな空間がそこには広がっていた。

僕も座敷に上がり、早速座禅を始める。

しんと静かな雰囲気に釣られてか、自然と坐禅に集中できる。

不思議な感覚だった。

あれほど気になっていたスマートフォンを触りたいという気持ちが起きない。頭の中に禅堂のような静かな空間が広がっていく感じがする。そんな心地を味わいながら初めて気がつく。

 

なんて忙しく慌ただしい時間を過ごして来たのだろうかと。

 

動画を見ることはもちろん楽しい。しかし、そこには楽しさだけでなく、ちょっとでも隙間があれば役立ちそうな知識を仕入れなければ、もっと面白いコンテンツを作れるように情報収集しなければという気負いと焦りがあった。

そんなことに気がつきもしなかった。

 

チチっ…と鳥のさえずる声が外からきこる。チーン…と坐禅の終わりをつげるお鈴の音が禅堂の中で静かに響く。

禅堂を出ると、青々として丁寧に整えられた芝生と、朝日と共にだんだんと青を濃くしていく空が広がっていた。

心も頭の中もとても晴れやかだった。

それからちょっとした時間は坐禅とはいかないが、何もしないでぼぅっとしていることを増やしている。

何故だか不思議だか、そんな間を作るだけで、心も頭もシン…と静かになる感覚がある。

スマートフォンを触る時間も減った。

 

楽しいことで、必要なことで時間を埋めることに夢中…というか必死だったのだと思う。そんな時間と距離を取ることを体験したことで、そう思うようになった。

何もしないという時間がこんなにも豊かであるということを知らなかった。静けさが自分を満たしていく感覚が心地よい。

 

いいことを知った。これからもこの時間も楽しんでいこう。

ふと見るとスマートフォンは机の上に置かれたままだった。

 

≪終わり≫

 

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