幸せのタイムラグ《週刊READING LIFE vol.377「フリー」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「幸せにはタイムラグがあるんだよ」
5年くらい前のことだ。知り合いが教えてくれた。幸せにタイムラグ? 初めて聞く言葉だ。どういうことだろう。幸せかどうかは、その時に自分が幸せと感じるかどうかであり、時間差が生じるという考えにピンとこなかった私は首を傾げた。
知り合いは、笑いながら続けた。「例えばとても大変なことが起こったり、辛いことがあった時こそ、『これから自分にはいいことが起こる。今はその伏線なんだ』と思って過ごしているとね、本当にそうなるの。幸せを引き寄せられるんだよ。だまされたと思って、やってみて」と言われた。
なんだかスピリチュアルっぽい考えに「本当かな……」といぶかしく思いながら、物事をポジティブに捉えることは悪いことではないので、やってみることにした。そしたら本当に起こったのだ。しかも一度ではなく、何度もだ。
何回も幸せのタイムラグを経験することで、自分の力でワクワクな生活を送ることができること、そして人生を彩り豊かにするたくさんのギフトを、自分自身に贈れるのだと確信を持つことができるようになった。
「幸せのタイムラグ」という言葉を知って少し経った頃のことだ。大好きな作家が新刊の講演会をすると知り、申し込んだ。講演会と本がセットになったチケットと、講演会のみのチケットがあり、私は講演会のみにした。せっかく話しを聞くのだから本を読んでから参加したいと思い、そうであれば事前に購入することになるので、セットである必要はないと思ったからだ。ワクワクしながら会場に向かい受付をしたところで、失敗に気がついた。本とセットのチケットの場合、講演後のサイン会に参加できる特典がついていたのだ。申し込みのフォームに書いていたのだろうが、気がつかなかった。何年も前からファンで、その人の書く文章が大好きなのに、なんたる失態……
講演後、後ろ髪を引かれる思いで会場を出て歩いていたとき、ふと「幸せにはタイムラグがある」という言葉が浮かんだ。今がまさにその時だと思い、「今日はサインをもらうことはできなかったけど、これは後でもっと良いことが起こる前触れなんだ。ワクワクしながらその時を待とう」と決めた。
半年くらい経ち、同じ作家がトークショーをすることを知り、申し込んでみることにした。会場に着いたら、なんと最前列の席が空いているじゃないか。迷わず最前列のステージに近い席に座った。その日語られた内容も、どれも心に響くものだった。講演後「写真やサインをお願いしたい人は並んでください」とアナウンスがあった。写真もサインもOKだなんて、嬉しすぎる! サインをしてもらっている間に話しをすることもでき、帰り道はルンルンだった。
一緒に写真を撮れたこと、サインをしてもらえたこと、話すことができたこと、どれも嬉しかった。そして幸せのタイムラグが起こったことで、「やればできる」という自信を持つことができた。
実は最近も、5カ月掛けて幸せのタイムラグを経験したところだ。そもそも「幸せのタイムラグ」は知り合いから教えてもらった言葉だが、世間的にはどう使われているんだろうと気になり調べたら、二つの解釈があることを知った。
最初に出てきた解釈が、「幸せは起きた瞬間には幸せだと気づけないことがある。出来事と、それを幸せだと認識する瞬間には、少し時間差がある」というものだった。そしてもう一つが「今感じている幸せそのものが、過去から遅れて届いたものかもしれない」というものだった。
私が教えてもらった解釈は、後者の方だ。では前者の解釈だとどうだろうか。今までの経験で当てはまることはあるだろうかと振り返ったところ、学生の時に訪れたバングラデシュでのことを思い出した。20年前に感じた思いを振り返るとともに、更にさかのぼって子供時代の出来事を紐付けることで、なんて自分は恵まれた子供時代を過ごせていたのかということに気がついた。
高校生の時にオーストラリアに語学研修に行ったことをきっかけに、色々な国に行ってみたい、様々な文化圏の人達と話したいという思いが私の中で芽生えた。そしていつか発展途上国と言われる国にも行ってみたいと思うようになり、20歳の春にバングラデシュに行くことになった。
バングラデシュでの滞在期間は1週間と短いものだったが、見るもの、聞くもの、口にするもの、肌で感じるもの、全てが今まで経験したことのないもので、五感をフルに使いながら過ごした。学校に行けない子供達のための寺子屋を運営するNGOのスターディーツアーで行っていたため、現地の子供達と過ごす時間が多かった。子供達と一緒に授業に参加したり、放課後は子供達と遊んだりして過ごした。街中を車で移動しながら、車窓から街並みや路上を行き交う人達の風景を見た。リキシャと呼ばれる人力車が、車の何倍もの台数が走っている風景、そして小学校に行くか行かないかの年頃の子供達が、路上で新聞や食べ物を売る風景を毎日見た。
バングラデシュでの最後の夜、星空のもと皆で語った。この1週間で学んだ事は何か、私の中に浮かんだ言葉は「豊かさとは選択できる自由」だった。
義務教育課程を終えてなお、私は高校、そして大学で学ぶことが許されている。お小遣い欲しさにアルバイトはしているが、アルバイトをしなくたって明日の食事に困ることはない。大学3年の秋にもなれば就活活動を始めることになるが、大卒であれば多くの会社の募集要項をクリアしているだろう。同じ仕事に就くにしても、「これしか自分は選ぶことができなかった」と思って働くのと、「いくつかある選択肢の中から自分は選んだ」と思って働くのと、どちらが豊かだろうか。
学生時代の私は、その時点での自分の恵まれた環境にしか思いを馳せることができなかったのだが、「幸せのタイムラグ」を組み合わせると、もっとずっと前から、なんならこの世に生を受けたときから私は幸せな人生を送っていることに気がついた。
3歳から始めたスイミングスクールを皮切りに、ピアノ、絵画教室、卓球、テニス、英語、公文と、色々な習い事をやってきた。どれも私自身が「やりたい」と親にお願いして始めてものだったが、動機は姉がやっているから、友達がやっているからと不順なもので、さほど一生懸命に取り組んでいなかったが、親はやらせてくれた。そして大半の習い事に母は一緒についてきてくれた。父が一生懸命働いて得たお金と、母の大切な時間を、どれだけ費やさせたことだろう。歳を重ねる中で徐々に習い事を止めていったが、両親から「無駄だった」と言われたことはない。色々なことを経験させたいという親心だったのだろう。
どの習い事も続けることができなかったという後悔の念から、「一生続けられることをしよう」と決めて高校から始めた弓道は、今でも続けている。続けているのは弓道が好きだからというのが一番だが、週にたとえ1時間でも弓道をすることで、自分を整えたり、自分見つめる時間を持つことで、仕事やプライベートでの悩みと対峙することができたからだ。自分の支えとなる弓道に巡り合うきっかけを与えてくれたのは子供時代の幾多の習い事であり、それを「お金がもったいない。時間の無駄」と言わずにさせてくれた両親がいたからこそ、今の私がいる。
高校生のときにオーストラリアへの語学研修に参加したきっかけは、母だった。「せっかくの機会だから、行ってみたら」と送り出してくれた。そしてオーストラリアでの経験が海外への関心につながり、その後バングラデシュに行くことになり、そして私なりの「豊かさ」の定義が生まれて、私の指針になっている。
さほど思い入れもなくやっていた習い事、母に勧められて何とはなしに参加した語学研修。その時は特別な思いを持たず、そして貴重な経験をさせてもらえていることに有り難みを感じずにいたあの日々こそが今の自分を形作り、唯一無二の「私」たらしめている。
なんて幸せな時間を過ごさせてもらっていたのだろうか。私が豊かな人生を歩めているのは両親のおかげであり、その時々に私と出会ってくれた多くの人達の存在があるからだということに気がついた。幸せは、起きた瞬間には幸せだと気づけないことがある。出来事と、それを幸せだと認識する瞬間には、少し時間差があるとは、まさにこのことだ。
改めて「幸せのタイムラグ」の意味を調べ直すきっかけとなったのは、最近あった出来事が影響していると書いたが、そのことも少し書きたいと思う。
今年の5月のことだ。表参道にあるお気に入りの器屋で、気になるカップとソバ猪口を見つけた。両方とも同じ作家が作ったもので、器に描かれた世界観に引き込まれた。買うか買うまいか、相当迷った。カップは既に3つ持っているし、2人暮らしだがソバ猪口は4つもある。好きな器を使って美味しくご飯を食べたいという思いと、「そんなにも食器を持ってどうするの」という思いのせめぎ合いだ。悩んだ結果、1カ月後に義母と夫3人で表参道に来る用事があることを思い出し、その時にまた買いたいと思ったら買おうと決め、保留にすることにした。
そして1カ月、3人で器屋に行って聞いたところ、ほとんどの器が売れてしまったこと、そして企画展の商品のため追加で入ってくるものではないと言われた。「何てことだ…… あの時躊躇せずに買えばよかった」と後悔の念に囚われたものの、「こんな時こそ『幸せのタイムラグ』だ」と言い聞かせていたら、義母に「気になる器があるの?」と話し掛けられた。そして義母が結婚当初、お姑さんからお盆を贈ってもらったこと、自分がしてもらったように私にも贈り物をしたいと思っていることを話してくれた。「気になるものがあるなら買ってあげたいから、言ってね」と言われ、そう言われても申し訳ないという思いや、買ってもらうなら夫も一緒に使えるものがいいのではと悩んだものの、1カ月前に気になっていたカップの内、1個だけ残っていたカップを買ってもらうことにした。
食後にお茶を楽しむ時に使っているが、気に入ったカップだとお茶もより美味しく感じるし、何と言っても義母のあたたかい心遣いを感じられて嬉しい。
そしてつい先日、その作家が個展を開くこと、そして在廊日が1日だけあることを知り、行ってきた。とても気さくな人で、どんな事からインスピレーションを受けて作るか等色々な話しを聞くことができた。そして5月に買い損ねたそば猪口を買うことができた。
一度は買うのをためらったものの、ためらったことで、義母の思いを知ることができたこと、そして最終的にはソバ猪口含め気になっていた器を購入でき、しかも作家に直接会って話しを聞くことができたこと。これが最近あった、過去から遅れて来た「幸せのタイムラグ」だ。
「そうは言っても、どんな時だって『幸せのタイムラグは起こる』なんて捉えられないよ」と思われるかもしれない。もちろんそうだ。何でもかんでもポジティブに変換する必要はないし、できないときもある。
でも、だからといって未来に希望を持てないわけではない。「今はわからない。でもいつか違う意味を持つかもしれない」そう思って過ごしていたら、気がついたら過去から届いた幸せが、未来への希望を生みだしているなんてことがあるかもしれない。
「失敗したな」「やらかしちゃったな」と思ったとき、試しに「今は幸せのタイムラグ中」と思ってみてほしい。そしてその後「あれ…… なんか上手くいってるんじゃない!?」と思うことがあったら、多いに自分を褒めて欲しい。なぜなら「幸せのタイムラグ」に気づくと、幸せを待つ人生から、人生そのものを楽しむ生き方に変えることができるからだ。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
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