自動販売機との対話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:那須健史(ライティング・ゼミwith AI 9月開講4か月コース)
「うわ、間違えた。ああ、もったいない」
そう、自動販売機で間違ってボタンを押してしまい、目当てのものとは違うものを買ってしまったことが度々ある。
皆さんも同じような経験をしたことはないだろうか。
私が自動販売機で買うのは、温かいブラックコーヒー。温かいものがなければ、冷たいブラックコーヒー。あとはミネラルウォーター、たまにコーラ。
これしか買わない。
選択肢は少ない。それなのに間違える。
あるとき、冷たいブラックコーヒーを買ったつもりが、出てきたのは隣のエナジードリンクだった。普段は飲まない。自分から買おうと思ったこともないものだ。
「ああ、もう。なんでこれを押したんだ」
その日は、健康診断の結果が届いていた。
高い数値が目について、落ち込んでいた。
コーヒーでも飲もうと自動販売機へ向かったものの、頭の中では結果のことを考え続けていたのだ。
結局、ブラックコーヒーを買い直した。
結果は悪いし、買い物まで間違えるし、百何十円を無駄にした。
コーヒーを買うだけなのに、なぜそれすらできないのか。
怒りとやるせなさが同時に襲う。
振り返れば大げさだが、そのときは腹が立った。
自動販売機は押されたボタンどおりの商品を出している。
間違えたのは私だ。文句の持っていき先も、自分しかいない。
買い直した後も、しばらくはそのことが頭から離れなかった。
もったいない。ちゃんと見ればよかった。なんであんなところを押したのか。
すでに買ってしまった一本について、何度も考え直していた。
それからは、ボタンを押す前に一呼吸置くようにした。
目当ての商品を確かめてから押す。
難しいことではない。これで間違えなくなるはずだった。
ところが、また間違える。
仕事でやることが多いときや、重要な局面を迎えているとき。身体は自動販売機の前にいるのに、頭の中では別のことをしている。
そう、心ここにあらずの状態だ。
しかも、いつもの場所に、いつものコーヒーがあるとは限らない。
季節の変わり目には、商品の顔ぶれや配置が変わる。
温かい飲み物のコーナーができたり、反対に、いつも買っていた温かいブラックコーヒーがなくなったりする。
こちらは、そんな変更に気づかず、以前の配置を頼りにボタンを押してしまう。
見ているつもりで、見ていない。
二か月ほど前にも、やってしまった。
冷たいブラックコーヒーを買うつもりだった。
ところが、出てきたのはミルクと砂糖の入ったカフェラテだった。
「なんで、これなんだ」
自動販売機を見直すと、商品の配置が微妙に変わっていた。
いつもの場所だと思って押したのに、いつものものではなかった。
「やられた」
もちろん、自動販売機に私をだますつもりなどない。
よく確かめなかった私のせいだ。
そのときも、仕事のことを考えていた。
少しややこしい交渉を控えていて、どう話せば聞いてもらえるか、どのくらい時間がかかるか。相手の反応を想像しては、頭の中で何度も話を組み立てていた。
そこへ、甘いコーヒーが出てきた。
私は甘すぎるコーヒーが苦手だ。コーラを買うことはあっても、コーヒーには砂糖もミルクも入れたくない派だ。
以前なら、ここで「幸先が悪い」と、交渉のことまで心配していたかもしれない。
でも、その日は少し違った。
「まあ、頭を使っているから、甘いものでも飲めということか」
せっかく買ったのだし、もったいない。とりあえず飲むことにした。
カフェラテが、急に好物になったわけではない。
やはり、飲みたかったのはブラックだった。
ただ、今回は「なんで間違えたんだ」と何度も自分を責めずに済んだ。
交渉のことばかり考えていたのだから、目の前のボタンまで気が回らなかったのだろう。
「ああ、今は余裕がないのね」
そう思ったら、買い間違いについて考え続ける必要がなくなった。
気がかりだった仕事は、その後、難なく乗り越えられた。
甘いコーヒーが出てきたことは、幸先の悪さとは関係がなかった。
いつからこうなったのか、はっきりとは分からない。
少し前までなら、百何十円の失敗を、何分も引きずっていた。
最近は、間違えると「また考え事をしていたな」「疲れているんだな」と、そのときの自分に気づくことが増えた。
ボタンの押し間違いは、まだなくならない。
一呼吸置くことも、商品の確認も、続けたほうがいい。
それでも間違えたなら、また買えばいいし、飲めるものなら飲んでみてもいい。
自動販売機の前で、毎回そんなに自分を叱らなくてもよかったのだ。
次も、まずは温かいブラックコーヒーを探す。
なければ冷たいブラック。
今度は、いつもの位置ではなく、そこにある商品を見てから押そうと思う。
《終わり》
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