王子様、その愛に根拠はありますか?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:智野のどか(26年9月ライティング・ゼミ with AI)
「あー、みんな同じ話。つまんないの。続きはないの?」
幼稚園児だった娘が、ディズニープリンセスの絵本をめくりながら言い放った。
母としては少々拍子抜けだ。美しいドレスに運命の王子様。女の子なら誰もが憧れる世界ではないのか。
だが娘に言わせれば、
「みんなどれも同じ話。幸せに暮らしました。そのあとどうなるの?」
確かに、そこから先は描かれない。
そして十数年後。理系好きの高校生になった娘は、王子様たちにさらに厳しい判定を下した。
「ていうか、王子様って、きしょくない?」
夢も魔法も一刀両断である。
「だいたいさ、お姫様たちは森や城で自由に楽しく暮らしてたわけ。そこへ突然やってきて『君は僕の運命の人だ』って、シンプルに不審者でしょ。唯一まだマシなのはアラジンくらい。ジャスミンを魔法の絨毯に誘うのは、結婚じゃなくて自由への誘いだからね」
娘の口撃は止まらない。
「まず白雪姫。森で眠る少女にいきなりキス? 初対面で会話もないのに真実の愛って、判断材料が顔だけでしょ。現代なら不同意わいせつだよ。白雪姫の第一声は『……どなた様?』『今、何しました?』じゃないとおかしい」
王子様、完全に説明責任が発生しています。
「眠れる森の美女もそう。百年間眠ってた寝室に不法侵入して勝手にキス。百年の目覚めだよ? まず水を飲ませて医師を呼んでよ。筋力低下だってあるんだから。王子様も、まず救命講習を習うべきだね」
極めつきはシンデレラだ。
「舞踏会で消えた女を捜すのに、国中の女性にガラスの靴を履かせて回る? その靴、何センチなのよ。仮に二十四センチなら何万人もいるでしょ。きつくても足を丸めたら入るし、大きければティッシュでも詰めるって。顔を覚えてないの? 声は? 話した内容は? あれだけ恋焦がれた相手の識別方法が靴一足って、王室の本人確認システムとして致命的すぎない? 顔で探せよ! あとさ、魔法が解けてドレスも馬車も消えたのに、なんで靴だけ残ってんの? 靴だけ別契約だったわけ?」
ぐうの音も出ない正論だ。
大笑いしながら、私は妙に深く納得してしまった。
これって童話に限らず、普段の恋愛や夫婦関係にも当てはまるのではないか。
言わなくても察してほしい。好きなら説明しなくても分かり合えるはず。すれ違いの根っこには、この「王子様システム」が潜んでいる。
相手の観察も対話という検証もすっ飛ばし、「運命なら伝わる」と思い込む。そして期待通りにいかないと「愛が冷めた」と幻滅する。
童話の王子様たちは、美しいから好きになり、眠っているからキスをし、一晩踊って「運命だ」と自己申告する。女性側の意思確認は省略され、「めでたし、めでたし」の鐘で思考停止の幕を引く。
実は、恋愛を科学的に分析した研究もある。コーネル大学の心理学者シンディ・ハザンらは、恋愛を単なる情熱ではなく、相手との間に情緒的な結びつきを形成する「愛着」の過程として捉えた。恋愛の経験の仕方には個人差があり、愛は一瞬の熱狂だけでは説明できないという。つまり、「運命の人に出会った」という感動だけでは、その先の関係まで保証されないのだ。
王子とお姫様が直面する現実は、物語が終わった翌朝から始まる。
初めて知る相手の寝相の悪さ、味の好み、面倒な親戚付き合い。そして、あのガラスの靴は普段履きできるのかという現実問題。
童話が隠し続けてきたブラックボックスとは、「最初の魔法が切れたあと、生身の人間同士がどう関係を築くか」という対話作法だったのだ。
さらにハザンらが参加した四年間の追跡調査では、安定した愛着スタイルを持つ人は、そうでない人に比べて別れを経験する割合が低いことも報告されている。
では、その安定した関係をどう育てるのか。少なくとも、以心伝心という幻想に頼るだけでは、相手の気持ちは分からない。互いを知ろうとする日々の対話こそ、私たちにできることではないだろうか。
思えば、幼稚園児だった娘が知りたかったのは、最初からそこだったのかもしれない。
「そのあとどうなるの?」
王子様がまずすべきは、いきなりの求婚ではない。目覚めたお姫様に自己紹介をし、「体調はいかがですか」「よければお友達から」と頭を下げることだ。
愛とは、どこからか降ってくる奇跡を待つことではなく、相手を知ろうとする日々の積み重ねなのだろう。
高校生の娘は本を閉じ、フッと笑った。
「まあ童話だからね。ツッコミどころ満載なのはしょうがないけど」
もし今、身近な人に「なんで察してくれないの?」とモヤモヤしているなら、魔法のステッキを置いてみるのもいい。
察してもらうのを待つ代わりに、今日のご飯のときにでも声をかけてみる。
「今日の体調はどう?」「私はこう思うけれど、そっちはどう思う?」
ガラスの靴がなくても、相手のことを知る方法はいくらでもある。
「めでたし、めでたし」は、二人の物語の終わりではない。
本当は、そこからが始まりなのだから。
≪終わり≫
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