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AIが知らない、父と母の物語 ―—写真に写っていなかったもの


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:川瀬健二(26 年9 月ライティングゼミwithAI)

 

 

「寒くなってきたけど、変わりない?」

 

母との電話は、いつもそんな言葉から始まる。

 

「こっちは大丈夫。そっちは仕事、忙しいの?」

 

「まあ、いつも通りだよ」

 

天気の話を少しして、電話を切る。元気な声が聞ければ、それで安心だ。デスクに戻ると、パソコンの画面には、AIがまとめた文章が並んでいた。以前なら何時間もかかった仕事が、今では数分で終わる。

 

「いやあ、すごい時代になったな」

 

僕自身、その便利さに毎日助けられている。けれど、ふと、さっきの電話を思い出した。AIに聞けば、世界中のさまざまなことが分かる。なのに、僕は自分の親の人生について、どれほど知っているのだろう。父が若いころ、何に夢中になっていたのか。母が僕を産む前、どんな夢を持っていたのか。考えてみれば、知らないことばかりだ。僕が知っているのは、父と母の人生の「途中」からなのだ。

 

窓の外では、境内の木々が風に揺れていた。僕が暮らす鎌倉のお寺には、長い年月を生きてきた木々がある。毎朝、その下に落ちた葉を掃いている。見慣れた木々も、古い石段も、僕が生まれるずっと前からここにあった。この木の下を、いったい何人の人が歩いてきたのだろう。子どもの成長を喜んだ人。家族の幸せを祈った人。大切な人を亡くして、静かに手を合わせた人。僕にとっては、いつもの境内だ。でも、この場所には、僕の知らない何世代もの人生が積み重なっている。

 

建物とお墓だけが、お寺なのではない。そこで手を合わせてきた人たちの記憶も含めて、この場所なのだ。そして、人間も同じだと思った。父には父の、母には母の、僕が知らない長い歴史がある。どんな人に出会い、何を喜び、何を失い、何を大切にしてきたのか。そのすべてが、一人の人間を形づくっている。

 

今年の八月、僕の住むお寺に、ある親子が訪ねてきた。八十代のお母様と、その娘さんだった。テーブルには、古い写真が並んでいた。その中に、一枚の入学式の写真があった。親子が並んで写っている。子どもの成長を祝う、晴れの日の一枚だ。

 

「私の人生なんて、話すほどのことは何もないんですよ」

 

最初、お母様はそんなふうに話していた。ところが、写真を見ながら、少しずつ思い出を語り始めた。入学式を迎えるまでのこと。当時、大変だったこと。子どもを育てながら、どんな苦労を重ねてきたのか。その頃、何が支えになっていたのか。写真の中には、親子が並んでいる。晴れの日を迎えた、幸せな一枚だ。けれど、その一枚には、お母様がそこへたどり着くまでに過ごした日々が写っていなかった。お母様は、一つの思い出をきっかけに、次々と話し始めた。最初は遠慮がちだったのに、いつの間にか顔を上げている。声にも張りが出てきた。「何も話すことはない」と言っていた人が、自分から次の話を始めていた。

 

その隣で、娘さんが涙を流した。何十年も、母と娘として暮らしてきた。一緒に食事をし、笑い合い、ときには言い争ってきた。子どものころから、ずっとそばにいた人だ。それなのに、初めて知ることが、こんなにもあった。娘さんは、お母様の顔を見つめていた。そこにいるのは、いつものお母さんだ。でも、お母様にも若いころがあった。夢中になったことがあった。誰にも見せずに、苦労した日々があった。それでも、子どもの晴れの日を迎えた、一人の女性がそこにいた。母親が変わったのではない。娘さんの目に映る母親が、変わったのだ。

 

僕は、その光景を忘れられない。入学式の写真は、あの日の親子の姿を残してくれた。でも、お母様の言葉がなければ、その一枚に続くまでの長い時間を知ることはできなかった。写真に写っていなかったのは、何も特別な事件ではない。毎日の暮らしだった。苦労したこと。迷ったこと。それでも家族のために続けてきたこと。お母様が「何もない」と言っていた、人生そのものだった。それを本人の言葉で聞けることは、当たり前ではない。僕は親子の姿を見つめながら、そんなことを強く感じた。

 

AIは、これからもっと賢くなるだろう。文章を書くことも、情報を整理することも、ますます速くなる。それは素晴らしいことだ。でも、あの入学式の写真に写っていなかったお母様の日々を、AIが勝手に知ることはできない。その人が何を思い、どんな時間を生きてきたのか。それは、本人に聞かなければ分からない。

 

今度、親と電話をするとき。きっと、また同じことを聞くだろう。

 

「変わりない?」

 

「何も変わらないよ」

 

いつもなら、そこで天気の話をして電話を切る。でも、今度は少しだけ、違うことを聞いてみたい。

 

「ねえ、昔の写真、今度一緒に見ない?」

 

すぐには、昔話が始まらないかもしれない。「何もないよ」と笑われるかもしれない。それでもいい。アルバムを開き、何気ない一枚を指さして聞いてみる。

 

「この写真を撮ったころって、どんな毎日だった?」

 

僕が何度も見てきた写真。その向こうには、まだ聞いていない父と母の声がある。今度は、もう少しだけ長く、電話をつないでいたい。

 

これだから、人生はおもふかい(おもしろく、味わい深い)。

 

 

≪終わり≫

 

 

 

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