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「石岡のおまつり」は町ぐるみ、自然相手の即興劇


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:曽我真(26 年 9 月ライティングゼミ with AI)

 

「予定を一時間繰り上げて、御神輿は総社宮に戻ります。午後には台風25号が迫っております。市では早朝より避難所も設置しております。各町会の行事に関しましては、町会判断に委ねられますが、皆様におかれましてはお体に危害が及ぶことのないよう、賢明なご配慮を……」

石岡市の市長の挨拶を、私はカメラのレンズ越しに凝視している。

今日は石岡のお祭り三日目。ご神体が、総社宮に戻っていく日だ。

正式名称「常陸國總社宮例大祭(ひたちのくにそうしゃぐうれいたいさい)」は、関東三大祭りのひとつに数えられる石岡市の伝統行事で、9月の「敬老の日」を最終日とする3連休に毎年開催されている。

普段、總社宮と呼ばれる神社に安置されているご神体が、御神輿に担がれ町に出る。「おかりや」と呼ばれる町中に設置された御仮殿に二泊する。三日目にまた總社宮へと戻っていく。ご神体が街中に来ている三日間、石岡市の各町は工夫を凝らした山車や獅子などで歓迎する、というのがお祭りの骨子だ。

今年の最終日は21日。早朝から台風25号は関東地方へ直撃するとの予報が出された。

 

私はカメラマンとして、この三日間の模様を撮影するようにお祭り保存会の方から正式に依頼されていた。

連続で10時間ほど撮影し、それが三日間続く。報酬額に見合わぬ長時間労働を考えれば、割に合わない仕事ということになるが、撮影対象が興味深いこともあり、今年もこの栄誉ある撮影依頼を承った。

台風による雨に見舞われ続けたお祭りも本日が最終日。御仮殿からご神体が総社宮へと戻るにあたり、市長から全ての工程が一時間早まったことが周知される。台風による暴風を伴う豪雨、が確実だからだ。

私は冒頭の演説を聴き、カメラでその表情を追いながら不思議な感覚にとらわれていた。

市長がしゃべっている。そのひとつひとつの言葉が、舞台役者の台詞回しのように感じられたのだ。

まるで筋書に沿って、台詞を読み上げているかのようだ。

今や暗雲垂れ込める茨城県石岡市という街全体が、壮大な演目の舞台となった気がした。

 

市長の役割は、台風による暴風の危険性を事前に告知すること。災害対策本部を設け、警戒レベルの高まりを宣言し、この暗雲がこけおどしではなく本当に迫っていることを切々と語ること。大げさな身振り手振りはいらない。あくまで淡々と事実を述べ、その後の山車や獅子舞による出し物開催の留保を各町内に促すのだ。

一人の役者が与えられた役割を全うしようと迫真の演技をしている。やがて各町内の代表を前にして、市長は一礼し、場面転換が行われる。

 

ここで年番町というものを説明しておきたい。

ご神体が市内に二泊する御仮殿「おかりや」だが、この場所は毎年変化することになっている。

市内の十五の町が毎年順番にその仮の宿を提供するのだ。

このおかりやを設置する町のことを、年番町という。

御仮殿は、町々の懐事情にもよるが何千万円とかけて新設される。

毎年、ミニ神社が街中に立ち現れる、と考えたら良い。

1つの町は、15年かけて少しずつ積立を行っている。

自分たちに年番が来たら、自分たちの御仮殿を新たに建てるためだ。

年番町は町内にご神体を安置しているという誉れとともに、山車や獅子を市内に繰り出していく。

年番町の山車は目抜き通りの一番よい場所に陣取り、他の町の山車や獅子舞を歓待する立場となる。

 

私のカメラは、各町の代表達へと焦点を移す。

どの顔にも「暴風のため催しものは早めに切り上げて、今夜は安全第一に」などという表情は観られない。

不敵な笑みを浮かべている、とまでは言わない。やることをやる、という静かな決意だけを目に宿している。まるで筋書きに「中止という選択肢はない。今年は暴風雨という大がかりな装置を用意して観客を不安にさせているだけで、行事は粛々と行うものとする」と書いてあるかのようだ。

大道具、照明係の進行も抜かりがない。ご神体を御神輿に乗せ、さあ出発の合図がかかると、何故か雨が小振りになって、明るくなる。

神輿は二時間ほど街中を練り歩き、やがて神社に到着する。

ご神体が屋根の下に入った瞬間、待ち構えていたかのように、風混じりの雨が吹き付けていく。

 

暴風雨の中、神事を執り行い、無事ご神体が総社宮の中へ安置された。

通常、ご神体が神社に収まった後「年番町交代の儀式」が街中で行われる。今年年番を務めた町から、次年度の年番町へと提灯を渡すことで、役割りが交代したことを町中の人々に伝える重要な行事だ。

午後になって、お隣の小美玉市では警戒レベル3の高齢者の避難勧告が出た。全員のスマホのアラートが鳴り、騒然となる。

年番町の提灯交換はなしになりそうだから、撮影チームはこれで終了。安全にお帰りください、という通知が流れた。

 

お祭りの三日間は、交通規制がなされ、お昼頃から夜九時まで市内は通行止めになる。

私は昼前に車を駅前の駐車場に止めていた。撮影を終えて車に戻り、びしょ濡れのレインコートやカメラカバーを脱いで待機していたが、実は嫌な予感がしていた。あの各町代表の、殊勝でいながらも何も恐れていない表情を観るにつけ、これで終わるはずがないと感じていたからだ。

車のフロントガラスには、バケツの水をたたきつけたかのような雨が降り続いているにもかかわらず、警察からは交通規制解除の通知が入らない。警察でさえこの即興劇の一員なのだ。早めに切り上げる、などという選択肢は最初からなかったのだ。

案の定、午後五時半頃、撮影の責任者から連絡が入る。

「曽我さん、まだ市内にいらっしゃいますよね。実は先ほど解散って言ったんですけど、どうやら7時からやっぱり提灯交換やるようです」

「ですよね。これで終わるわけないって思ってました。どうせ九時までは出られないし、いけますよ。では後ほど」

そう応えて、レインコートをもう一度装着する。これほどのびしょ濡れレインコートを再装着したのは人生初めてだった。

車内の湿気と体温により、不快感が頂点に達した。背中に流れる一筋の汗を振り払うように土砂降りの車外に飛び出したとき、私はいち観客から、このドラマの演者の一人になっていた。まともに前が見えない。私の台詞はこうだ。

「本当にやるんだな。ンなら撮ってやろうじゃねぇか……」

果たして目抜き通りには、暴風雨荒れ狂う暗闇の中、今年の年番町と来年の町、そして前年度の町の3つがそろい踏みして山車を出していた。総勢300人はいただろうか。スモークと紙吹雪が舞い上がり、笛の音と女性達のかけ声がこだまするが、それらを全て吹き消すように荒れ狂う風と雨。

「石岡のおまつり」は、全員参加型の即興劇なのだ。去年は酷暑。今年は暴風雨。自然が石岡の町をかき乱す。役者達は自分に割り振られた役割を淡々とこなしていく。大地震が来ても、おまつりは止まらない、いう噂がある。信じざるを得ないだろう。

提灯交換の儀式が終わり、私は出番を終えた演者のように心身共に消耗し、ふらふらと車に戻る。

もう一度レインコートを脱ぎ捨てて、ドライバーズシートに深く身を沈めた。

遠くではまだ笛の音が聞こえていた。

 

≪終わり≫

 

 

 

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