おすすめされた絵本の先で
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:今井みゆき(26年9月ライティングゼミwithAI)
「あの人はどんな気持ちで、この一冊を選んでくれたのだろう?」
そんなことを想像しながらページをめくると、いつもとは違う景色が見えてくる。誰かが自分のために選んでくれた本には、少し特別な時間が流れている。
手元にあるのは『たいせつなこと』(フレーベル館)。絵本を通して人の心に寄り添う「絵本セラピスト」の友人が、星読みとカラーセラピーの鑑定を通してすすめてくれた一冊だ。
彼女に伝えたのは、生年月日と出生時間に出生地、そして気になった色。これらの情報をもとに作成してくれた鑑定書には、「あなたにおすすめの絵本」も添えられていた。
わが子が成人した今も絵本を収集し続ける友人。図書館に関わる仕事をしながら、小中学生から大人まで、さまざまな年代の人たちに絵本の読み聞かせをライフワークにしている。そんな彼女がわたしを思い浮かべながら選んでくれた一冊。じっくりと、その世界を味わってみたくなる。
まずは全体を読み通した。言葉の軽やかな響きと、絵のどっしりとした存在感。お互いを引き立て合い、絶妙なバランスで作品の世界観をつくりだしている。作者はアメリカの児童文学作家、マーガレット・ワイズ・ブラウン。1949年に発表されたこの絵本が、日本で出版されたのは2001年。半世紀以上もの時を経て届けられた作品だ。
スプーン、ひなぎく、雨、草。身近なものの特徴を並べながら、それぞれの「たいせつなこと」に戻っていく。繰り返される言葉のリズムが心地よい。
スプーンは食べるときに使うもの。口の中にすっぽり収まり、シャベルのようにいろいろなものをすくい取る。ひなぎくは白く、草は緑色。形や色、機能やたたずまいを見つめていくと、あたり前すぎて気にも留めなかったものが、少し違って見えてくる。
あとがきまで読み終えたあと、もう一度、表紙に戻った。今度はノートに、一文字ずつ書き写してみる。
スプーンはたべるときに つかうもの……あうんと おさまり……。読むスピードでは気づけなかった、言葉と余白の存在に意識が向く。
「たいらじゃ なく」という言葉の区切り方は独特ではないか。ここには、翻訳者のどんな思いが込められているのだろう。声に出してみる。もう一度、目で追いながら繰り返される言葉の世界を全身で味わってみる。ふと、体の中心でぴょんぴょん飛び跳ねる、なつかしい感覚がよみがえってきた。
ホッピング!
小学生の頃、夢中になって遊んだ。一本の棒に両足を乗せ、バネの力でぴょんぴょん跳ねる遊具だ。左右の足裏に同じように体重をかけて、バランスをとる。うまく跳べるようになると、前後左右に移動することもできた。学校にあったホッピングは、バネの部分がさびついていたっけ。
ジャンプするたびに、ギコッ、ギコッと鈍い音がした。隣で跳ねる友人とわたしでは、リズムが微妙に違っていた。その音の違いで奏でるように、セッションしていたなあ。何十年も思い出すことのなかった光景が、鮮やかに浮かび上がる。
絵本の世界に入っていったら、いつの間にか小学校の校庭に立っていた。言葉のリズムと深く描かれた日常が、遠い記憶の中を刺激してくれたのだろう。大人になってから開く絵本って、ときどき、こういうことが起こる。
この絵本には、もう一つ、誰かを思って選ばれた物語がある。
翻訳者の内田也哉子さんが原書『The Important Book』に出会ったのは、俳優の本木雅弘さんとの新婚旅行中だった。アメリカの絵本専門店で、それぞれが相手にすすめたい本を選んだところ、偶然にも同じ一冊を手にしていたという。その後、日本語版の翻訳を手がけることになった内田さん。絵本の最後に登場する手書きの文字には、本木さんも参加している。
内田さんが今、この絵本を開いたら、どんな景色が浮かぶのだろう。新婚旅行で訪れた本屋さんだろうか。それとも、ふたりで同じ一冊を選んだ瞬間の驚きだろうか。
わたしがたどり着いたのは、さびたバネの音が響く小学校の校庭だった。同じ絵本なのに、そこから広がる景色は人それぞれ。絵本のページには描かれていない、その人だけの物語が立ち上がってくる。
ふと、友人が鑑定書に添えてくれた言葉を思い出した。「世界を見つめなおす問いを生み出し続けるみゆきちゃん」
スプーンのくぼみに目を凝らし、言葉の余白に立ち止まっていたら、何十年も忘れていたホッピングの音まで聞こえてきた。
友人がわたしのために選んでくれた一冊は、思いがけない場所まで連れていってくれたもんだ。彼女は、この絵本からわたしが何を感じ、どんな世界へ旅をするのか、楽しみにしてくれていたのかもしれない。
誰かを思って選んだ一冊が、その人の中に眠っていた記憶を呼び覚ますこともある。その行き先は、選んだ人にも、受け取った人にもわからない。だったら、わたしが彼女のために絵本を選んだら、どんな世界が広がるのだろう。
もうすぐクリスマス。
おもちゃ売り場をぐるっと一周したあとで、彼女に贈る絵本を探しに行こうか。
<終わり>
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