メディアグランプリ

銀婚式を前に人生初の一人暮らしで感じたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事;やまもとよしこ(ライティングゼミ・日曜コース)

 
 
「ちょっとこっちに住んで欲しいんやけど」
来年80歳になる独り暮らしの伯母からの電話だった。
「いいよ。住む住む~」
「て、あんた、旦那さんに相談もせんとええんかいな⁈」
相手が心配するほどあっさりと、手術で入院する伯母宅で暮らすことを快諾した。
その方が伯母も用事を頼みやすく、私自身も体力的にも時間の面でも楽だった。
そして精神的にも。
 
「もういい加減にして!」 
何度この言葉を口にしただろう。
脱ぎっぱなしのパジャマ、風呂場や階段洗面所など家中のあちこちで消されない電気、あと2センチの所でいつも器用に止まったままの障子、なぜかごみ箱の横に落ちている屑類。Tシャツが少しはみ出して挟まったままのタンス。
本人は閉めたと言い張る、乗せられただけのソースのふた、手に持てばポロリと落ちるマヨネーズの赤いキャップ、浮いたままの黄色いポン酢の……
家事能力など期待していない、私の事も子どもの事もしてくれなくていい。
ただ、どうか自分の使った物、使った場所を使用前と同じように、元に戻してほしい。
可能ならば美しく保ってほしい。
私の願いはそれだけだった。
社会的な仕事をちゃんとこなし、立派な報酬を得ている人が、こんな日常生活の最低限の動作を何故できないのか不思議で仕方がなかった。
アメリカ発の脳のクセに合わせた片付け方の講座にも通った。
 
そんな事どこの家でもあるといわれても、年齢的な事もあり、25年のプチストレスは根雪のようにじわじわと私を不調にしていた。
そんな中かかってきた電話だった。
渡りに船だ。
そこからの行動は早かった。
目に入らないものを認識しないタイプの家人に合わせて全てを‘目に見える化’しに取り掛かった。それも出来るだけ少ないステップで。
家中の家電製品の取扱説明書を1冊ずつクリアファイルに入れてそれぞれの家電の側に置いた。使い方の手順を大きめの付箋に書いて、使用する時に目線の行きやすい場所に張った。
外灯や玄関灯はつける時間と消す時間をスイッチの側に。
町内の回覧板についても三文判の入った引出しに、回すお宅の苗字を書いてはった。
作り置きのおかずの入ったタッパーで冷蔵室を、冷凍食品で冷凍室を満たして家を出た。
(もちろん何度言っても覚えてくれない電子レンジ横のタイルにも操作手順のメモをはった)
 
気持ちも足取りも軽やかだった。
 
人生初の一人暮らし。それも東山から昇る朝日と京都市内を一望できる素敵なマンションで。
ウキウキだった。ルンルンだった。
毎日、病院に通った。痛みと戦う伯母に申し訳ないほど全く苦じゃなかった。
お仏壇のお世話も楽しかった。
でも、さすがに手術のあった日は、自他ともに認める綺麗好きの伯母の基準を維持できなかった。
その時ふっと家人を想った。
仕事の愚痴は一切言わない人だ。いつも無邪気な笑顔を浮かべるけれど、疲れているに決まっているじゃないか。帰って甘いものが1番に欲しくなるのもその証拠だろう。細部まで気がつかず行き届かないのはそれほど頭脳労働をしているからじゃないか。
先日受けたスピードライティングで、私の脳みそが即身成仏状態になったみたいに。
 
電話が鳴った。
家人からだった。
「おばさんの調子どう?」
「あ、ありがとう、手術は成功したよ……」声が裏返ったかと思ったら泣いていた。
しばらく鼻をすする音しか出せなかった。
「大丈夫?」私が落ち着くのを待って声が届いた。
「うん。不自由掛けてごめんね。もう少し辛抱してね」
それはまるでこの生活がどれくらい続くのか見通せない状態の、もう少し辛抱しなければいけない自分に言っているようだった。
あんなに離れたかったのに。綺麗で快適な独り暮らしを謳歌するはずだったのに。
悔しいことにTVを見る私の目の端に入る位置で、わざわざ、効いているのか効いていないのか分からないような体感トレーニングを毎日する人が傍に居ないのが淋しかった。
普通に閉まっている調味料が味気なかった。
綺麗に整いすぎている空間が涙でぼやけて見えた。
その後伯母は無事退院し、一人で普段の生活が送れるようになるまでしばらく一緒に暮らした。ほんの数か月前の事だ。
 
これで家人の行動が劇的に変わったならコンテンツとしては面白いのかもしれない。けれど現実は今も散らかし癖やオフの作業の出来なさ加減に大して変わりはない。
ただ、こちらが声を荒らげずに注意をすると素直に反応、訂正のための対応をするようになってくれた。
根雪が消えることはないけれど、多少は溶け出すかもしれない。

 
 
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2018-06-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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