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メディアグランプリ

Evernoteは自家焙煎カレーの香り


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記事:石山 祐己(ライティング・ゼミ朝コース)
 
ふと、カレーを作りたくなった。
 
自分のEvernoteに「ケビン’s カレー」というレシピがある。記録は2009年。その名に深い意味はなかったと思う。
 
チリーペッパー・クローブ・ローレル・オールスパイス(小さじ1/4)、カルダモン・ナツメグ・シナモン(小さじ1/3)、ジンジャー・ブラックペッパー・クミン・コリアンダー(小さじ1/2)、ガーリック小さじ1、ターメリック大さじ1。
 
それなりに本格的だ。とりあえず、必要なスパイスを買いに出かける。
 
Evernote。簡単に言えばメモアプリだ。文字をはじめ、画像、書類、音声などを自由に記録し、保存できる。自分はかなり前から活用しており、現時点で25153件のメモがある。
 
レシピ内容と手順を確認していて、他のメモも目に入った。昔の上司とのミーティング、転職に向けた情報収集、初めて生まれる子どものこと。空売りした株の銘柄、読んだ本の書評、美味い日本酒のラベル。多くをEvernoteに記録してきた。いわゆる「ライフログ」というやつだ。
 
そのカレーを最初に作ったきっかけは、付き合っていた彼女とのけんかだった。原因は忘れた。Evernoteにあまりネガティブな記録は残されていない。その時点で淡々と文字を打つような、感情的余裕がないからだろう。覚えているのはむしゃくしゃしてスーパーに出かけ、気晴らしにスパイスを買い揃えたということ。けんかの反動としては我ながら微笑ましい。
 
さて、買ってきたスパイスを調合し、フライパンで乾煎りする。
 
クミンとターメリックはその香りと色から納得もできるカレー素材だが、カルダモンやオールスパイスに至っては得体が知れない。そんなスパイスもとりあえずレシピに忠実に混ぜ合わせれば、最終的にはそれなりの味になるから不思議だ。
 
香りが立ってきた。一口大に切った鶏もも肉に焙煎したスパイスを少量まぶし、軽く塩を振り、ヨーグルトに合わせ2〜3時間ほど漬け込む。
 
その間、Evernoteの記録をさかのぼってみる。日記は毎日つけているし、仕事の覚え書きや、その時に響いた言葉も書き留めている。これだけの量だと忘れているメモも多く、改めてチェックしてみればしみじみと感慨深い。様々な記憶が蘇る。
 
一説によると人間の脳には、それまで経験してきたこと全部が蓄積されているらしい。それを引き出せるか引き出せないかの違いはあり、必ずしもすべてを常に認識できるものではない。しかし、ふとしたきっかけから想起されることもある。ということはやはり、何らかの形でどこかに保存されているのだろう。
 
単体では何の用途なのかよくわからないスパイスも、全体として味わうときには、なくてはならないカレーの一部となる。調和において大切なのは、ターメリックのように視覚的にわかりやすいものだけではなく、お菓子作りにも使えるシナモンやカルダモンだったりする。ガラムマサラといえども仕上げ用であって、そればかりではカレーは完成しない。
 
Evernoteの中の思い出に浸り、いい時間が経った。
 
漬け込んだ鶏肉に強火で焼き色をつけ、炒めた玉ねぎ、トマト、スパイス、ブイヨンスープと一緒に火にかける。チャツネとガラムマサラを加えて味を調え、少し試食してみる。うーむ、美味い。その味と香りから、初めて作ったときの記憶が蘇る。そうだ。彼女とけんかした後、なんだかんだ一緒に食べたのだった。だがやはり、元々の原因は思い出せない。
 
けんかしたという事実はひとつの結果であって、過去をどうこう言っても仕方ない。そんな経験も、少なからず複雑味の素になる。レシピ通りに作るカレーのようなもので、一つひとつに表層的な意味を求めてはならないのだろう。とりあえず配合してみれば、奥行きが出てそれっぽくなる。何かが欠けてもいけない。
 
あらゆる経験とは、きっとそういうものなのだろうと思う。
 
すべての具材が溶け合い、グツグツと煮込んだカレーの香りが家中に広がった頃、家族みんなが帰ってきた。
 
レシピ記録当時に彼女だった妻は、忙しく洗濯物を取り込む。その年に生まれた長女は少し味見して、ちょっと辛いと言いながらもぺろりと一皿平らげた。長男と次女も口にしたが、そちらにはどうも辛すぎたようだ。
 
当初自分のためだけに使っていたEvernoteには、いつしか家族との記録が増えた。日々の夕食の写真、子どもの歌の音声、旅行での動画。久々にスパイスから作ったカレーもまた、刻まれるライフログの1ページだ。
 
甘いもの、辛いものや、無味のもの。これから経験する「スパイス」にも、多種多様なものがあるだろう。それらは配合した後どう作用するかわからなくとも、結果にそれなりの深みは出るはず。いつ完成、と決められているわけでもない。着実に味わい、積み重ねていけばいい。
 
今度はペッパーを控えめにして、辛くないカレーを作ってあげよう。じゃがいもも入れたら喜ぶだろうな。
 
自家焙煎カレーと家族の食卓を写真に収め、Evernoteに記録した。
 
 
***

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2018-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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