恋を飲み干せば
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
「恋したい!」
とは思わないけど、理解はしたいと思ってる。
昼間、たまたまついていたドラマを見つつ、そう感じた。
ついていたのは、ベッタベタな恋愛ドラマ。
リビングには家族が揃っていたけど、多分、見てたのは私だけ。
「誰も見てないなら変えよっか」
そう言ってチャンネル権を奪われたのが、5分前。
最早テレビを見ることも無く、ぼんやりコーヒーを啜るだけになってしまった。
「なんか、ムカムカする」
最近、鶏皮一本がしんどくなってきた。その感じによく似ている。
誤魔化そうと、もう一度コーヒーを啜ろうとしたけど、既にカップは空で。
「胸焼けかしら」
カップの底を見つめるけど、砂糖の溶け残りは見つけられなかった。
恋愛ものを見た人のリアクションって、大抵2パターンに分かれると思う。
最近よく聞く『キュンキュンする』か、なんだか見ていられなくなるか。
「ねえ、昨日の月9見た? めっちゃキュンキュンしたよね!」
「あ、うん、そうかも」
……お察しの通り、私は圧倒的後者だ。
悲しきかな、なかなか恋愛ものにときめけない体質なのだ。
特に俗に言う『青春ラブストーリー』ってやつが苦手だ。
「ほんとにそんなこと言って大丈夫? 後で後悔しない?」
男子高校生の口からクサいセリフが吐き出されるたび、後の黒歴史を思ってヒヤヒヤする。
対して歳は変わらないはずなのに、老婆心で見てしまうのだ。
……これが、小学生の頃から続いていた。気持ちは“ひいばあちゃん”である。
「嫌いじゃ無いんだけどなー」
別に、恋愛ものに対してヘイトが溜まっているわけじゃ無いのだ。
美女と野獣、シンデレラ、カルメン。
ハッピーエンドもアンハッピーエンドも、等しく面白いと思う。
しかし、それが現実に持ち込まれたとき、なぜだか急に信じられなくなってしまうのだ。
幼い頃は、まだ“恋”ってやつを信じていた気がする。
「○○くんがすき!」
「おおきくなったら、○○くんと結婚する!」
……度が過ぎるくらい夢見る乙女だった自覚はある。
憧れのあの子に会うときは、必ずお気に入りのピンクのワンピースを着ていた。
駐車場で『結婚しよう』と交わした指切りの記憶が、目に痛いくらいまぶしい。
……もしかしたら思い違いかもしれないけど。
それでも、確かに私は“恋”をしていたはずなのだ。
「まあ、それも、今となっては昔のことというか」
気づけば“恋”の『こ』の字も見かけなくなってしまった。
ピンクのワンピースは、バイトで汚れてもいい服になった。
誰かと簡単に約束を交わせなくなった。
「……あれ? あの子の名前なんだっけ」
あれだけ追いかけていた人の、名前も声も思い出せない。
「確かに“恋”をしていたはずなのに!」
何度記憶を振り返っても、“恋する乙女”だった証拠は見つからなかった。
おかしなことに『恋』に溺れ始めている自分がいる。
「恋って、もっと鮮烈なものじゃなかったの」
思い出せ、思い出せ!
今は誰かに恋していないけれど、記憶の中で恋をしていた自分がいるのだ。
きっと、どこかに“私の恋”はあるはず!
しかし、どんなに探し回っても、私が恋していた証拠が見つからない。
あの子の名前が思い出せない。
「……もしかして、最初からこれは恋じゃ無かったのか」
砂糖の溶け残りが見当たらないコーヒーカップのように。
気づいてしまった。
……だって、ブラックに砂糖は入っていない。
飲み干した先に、酸いも甘いも残っているはずが無いのだ。
つまり、あの恋は幻想か。
幼い私が見た夢だったのか。
「いや、それはそれで違う気がするな」
一度冷静になれば、私の恋が全くの虚無では無いことに気づけた。
確かに、あれは恋と言うより憧憬に近かったのかもしれない。
皆に愛されるカッコイイ男の子を追いかけて、キャーキャー言う。
それはきっと今で言うアイドル崇拝と変わらないのだ。離れてみるのが一番良い。
「“尊い”ってやつ?」
いつかあの子に選ばれる自分を、シンデレラストーリーを夢見ていた。
……でも、結局私が選ばれることは無かったんじゃないか。
「どうだったっけ」
しかも、それに対しての記憶が全くないときた!
だから、“私の恋”は“恋していた”と言い切れないのだ。
「“恋に恋してた”ってやつかしら」
あの日、恋してると思い込んでいた私は、直接恋には触れていなかったのだ。
“恋をしている自分”というものに、満足するだけで十分だったのかもしれない。
……しかし、今はどうだろう。
恋していたと思い込んでいた先に、恋が無かった私は、少しがっかりしていた。
「何も残ってないのは、少し嫌だな」
まっさらなコーヒーカップの底を覗いて、少しうめく。
砂糖を入れずに飲んだ方が、すっきりする。
むねやけだって、きっと起こさない。
「でも、それじゃつまんないよね」
恋に恋していただけの私は知らないけれど、どうやら恋って苦しいらしいから。
「多少胸焼けしても、若気の至りでいいんじゃない?」
私の中の老婆心が、嘔吐く私の背中をさする。
なんだ婆ちゃん、随分ワクワクした顔してるじゃ無いか。
そんなもんだから、私もつられてワクワクしてきた。
「まだ、お茶にいくには早すぎる!」
この胸焼けを心地よく思える日が、きっとくると信じて。
「2杯目のコーヒーは飛びきり甘くしようか」
恋を飲み干せば、きっとそこには何かが残っているはずだから。
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