メディアグランプリ

何を着たらいいのかわからなくなる問題


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:イシカワヤスコ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「あれ、わたしの顔ってこんなだったっけ?」
朝起きて、いつもの手順でいつものメイクをした、はずなのに。鏡の中にはいつもと違う、少しバランスのおかしなメイクをした顔がある。またか。またなのか――。
 
一番初めにそれがやってきたのは、30代になって数年経った頃だった。
ある日突然、「なんだこれ?」としか言いようのないズレに気付いて驚いた。できるだけ使いたくはないが「老化」ってやつだ。まるで時計の針が深夜0時になった瞬間に、今日が昨日になり「新しい今日」がやってくるように、明らかな違いは何も見つけられないのに「変わった」としか言いようがない。
 
急いでググったところで、「ちょっとの老化をメイクで調整する方法」なんてコンテンツはどこにもない。わたしが知りたいのは、老化を隠す方法でも、若見せする方法でもない。年相応でいいから「いまの顔になじませる方法」なんだよ! 
若いピチピチのお嬢さんじゃなくて、ちょっとくたびれ始めた中年がそれなりに見える方法を教えてください……。
 
何だかリセットボタンを押されてしまったみたいだ。
「ふりだしに戻る」という文字を頭にちらつかせながら、新しい顔の作り方を考える。
アイラインをもう少し太く? 長く? マスカラ? いや、眉毛を短めに? 角度を変えてみる? チーク入れすぎ? 口紅の色を変える?
メイクの組み合わせは無限だ。時にやり過ぎ、時に物足りなく、トライアンドエラーを繰り返しながら、なじませ方が見つかるまで納得のいかない顔を貼り付けて過ごす。きっと、他の人は誰も気づかない、ほんのわずかな違いなのだろうけれど。
 
顔だけじゃなくて、身体もだ。
去年はお気に入りのお出かけ着だったのに、今年はどう見ても部屋着にしか見えない。ねぇ、どうして。
体型の変化か、服の寿命か、顔とのバランスか、はたまた相性か。何かがすれ違っていて、「一生モノの服とか幻だよ」「永遠なんてどこにもない」とクローゼットの前で力なくぼんやりしてしまう。
映画や漫画で、女性がお出かけ前にあれでもない、これでもないと服をとっかえひっかえしているシーンを若い頃は「大げさだなぁ」と思っていたけれど、あれはリアルな描写だったのだ。デパートの休憩所でずらりと並んだ中年男性達が、ぐったりしながら遠い目をして奥さまを待っているのも。女性の買い物が長いのは「いま何を着たらいいのか本当にわからなくなっている」のだ。
 
恐ろしいことに、リセットボタンは何度も押される。
最初に押された時はあんなに驚いたのに、気がつけばもう、何回めなのかもわからなくなるほどに、ふりだしに戻っている。間隔も少しずつ早まってきている気がする。その度に毎回、わたしはオロオロしながら鏡に向かい、現在地を確かめるゲームが始まる。
 
でも、悪いことばかりではない。
どうにかしようとじっくりと鏡を見続けることで、新しい自分に早く慣れてくる。そうか、いまのわたしはこんな感じか、と愛着もわいてくる。若い頃よりも、ずっと自分の顔が好きになった。
昔は苦手だったアイラインも、練習していたらいつの間にか上手に引ける。いまはプチプラでも上等な化粧品もたくさんある。ありがたいことに、ふりだしに戻っても、スキルと知識まではリセットされない。若さに甘えてほんの気持ち程度のおざなりなメイクをしていた頃よりも、化粧の楽しさや奥深さがわかるようになった。
 
ふとした瞬間に、鏡の中の自分に母親の顔が重なって見えて、びっくりしたりもする。こどもの頃は「完全にお父さん方に似たね」とみんなに言われていたのに、年を取ったらなぜか同じような表情をしている。とても不思議だ。小さいながらに感じていた、ちょっと寂しくて、母に少し申し訳ないような微妙な気持ちを思い出して、胸がキュンとなる。
 
買い物に出かけたら、いままで手に取らなかった服もとりあえず当ててみるようになった。ずっと似合っていたタイプのものがアウトになってがっかりするけれど、意外なものがOKになっている。おぉ、この色は、この形はいけるのか。着るものが変わると、自分自身も少しリニューアルした気になれる。変化が好きなわたしにはうれしい限りだ。
おしゃれなお年寄りって結構派手だな、と昔から思っていたけれど、派手な方が意外と年齢を拾わない。シンプルな服をシンプルに着られるのは、若さがあってこその引き算の美しさ。中年になって初めてわかることってたくさんあるんだな。
 
「年を取って胸の位置が下がったから、シャツのボタンをひとつ下まで開けられるようになったのよ」
若い頃に聞いて、素敵だなと思った女優さんの言葉。
年を取ることは怖くない。ただ、うっかりするとシャツのボタンをひとつ余分に開けても「だらしないおばさん」にしかなりかねないのは、怖いと思う。ボタンを開ける姿が似合うためには、美意識と重力に負けない筋力が必要なのだ。だらしないおばさんでもいいや、と思えるところにはまだたどり着けない。過剰な自意識をジタバタさせながら、今日もリセットボタンを隠し持って中年女は生きている。
 
大人になることも手探りだったけれど、老いていくこともまた、初めてだらけのことばかりで、人生は一生手探りなのかもしれない。

 
 
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2018-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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