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少年野球で生まれた伝説の言葉


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小川泰央(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「小川さんは野球シロウトだから~」
 
毎年、夏の高校野球の地元の地方予選が始まるこの時期、元少年野球のコーチ仲間4、5人で、居酒屋で一杯やりながら野球談議を楽しむ会がある。
 
「今年はどの高校が甲子園に行きそうか?」
「注目選手はだれか?」など
 
そこは、遠足を楽しみにしている子供のように目を輝かせながら、大の大人たちが予選の開催を楽しみにみんなで野球への熱い思いを語り合う場になっている。
 
そして、アルコールが程よく回り始めた頃、10年前に数年間、共にかかわった地元の少年野球チームのコーチ時代の思い出話に花が咲くのがお決まりのパターンだ。そこでみんなが口にするのが、「小川さんは野球シロウトだから~」という言葉。それもいつもだ。
その言葉を聞くたびに、自分の記憶が10年前にタイムスリップしていく。
 
それは、息子が小学校3年生になって、その少年野球チームに加入した時のことだった。
チームの代表から、「コーチになってもらえませんか?」と打診されたのだ。
そのチームは、地元の小学生が加入できる軟式野球チームで、コーチは原則として加入している子供の父親たちがなるのが習わしになっていた。とは言え、たいていは、野球経験者が引き受けるケースが多かった。
 
だから、野球経験のない私は、子供たちに野球を教えることなどできるはずもなく、「野球シロウトだからできません」と言って断っていた。
 
それから、1年後、息子が小学校4年生になると、子供たちの人数がさらに増えて、コーチの数が足りないとのことで、また、コーチの打診が来た。
確かに、子供たちが増えればそれだけ手がかかることや、息子がチームで1年間楽しく野球ができているのも私と同じ立場である父親コーチたちのおかげであることを考えると、さすがに今度は断ることはできず、息子が小学生の間の残り3年間やると決めた。
 
コーチに就任すると、まず、ユニフォームが与えられる。はじめて袖を通した時、まるで就活生のスーツのように、「着られている」違和感があったのを覚えている。
 
グラウンドに出ると、なおさら一目瞭然で、同じものを身につけているはずなのに、野球経験者のコーチと比べると、そもそも体つきも身のこなしも違うので、明らかに自分だけ浮いているのだ。これも「野球シロウトだから似合うはずもない」と思っていた。
 
コーチたちからは「グラウンド整備や練習の球拾い、子供同士のけんかの仲裁をお願いします」と言われ、「野球シロウトで教える技術ないのだから当然当然」と思いながら、とりあえず、毎週、似合わないユニフォーム姿でグランドに出続けた。
 
ところが、毎週毎週グラウンド出ているうちに、子供たちの試合を間近で観たくなってしまった。野球はできなくとも、昔から野球観戦は好きだったし、ルールは知っている。間近であれば、より楽しめるに違いない。間近といえばどこだ? そうだ、ベンチだ。ところが、ベンチ入りできるコーチは監督とコーチ2人の計3人と決まっている。その3人はみな野球経験者であり、試合には欠かせないコーチたちなのだ。
 
そこで考えた。選手・コーチ以外でベンチ入りできる方法は? スコアラーだ!スコアラーは、試合の経過や得点状況をスコアーブックに記録する役割で、各チーム1名ベンチ入りが可能だったのだ。
 
それまで、スコアーブックを見たことすらなかったが、ベンチ入りできる方法を見つけて嬉しかった。記入方法を覚えてしまえば、あとは正確に記録し、試合中のコーチたちに戦況を正確に伝えればいいのだから、これなら野球の技術がない自分でもできると。
 
実際、スコアラーになったおかげで、試合を間近で観ることはもちろん、試合前のチームミーティングや試合後の反省会にも参加できるようになった。そうしていくうちに、あることに気づいた。それは練習試合の反省会のやり方だった。
 
練習試合の反省会は、負けた時は、子供たち一人一人に反省コメントを言わせ、コーチたちの長い説教が続く。一方、勝った時は、良かった良かったと短く終わる。そして、負けた時の子供たちのコメントもコーチたちの説教も内容はいつも同じだった。つまり、毎回同じミスをして負けているのだ。練習試合はあくまでも練習の一環なのだから次につなげないと反省会の意味がない。少なくともコーチは勝敗に一喜一憂している場合ではない。
 
そこで、思い切って、コーチ同士のミーティングで、反省会についてある提案をしてみた。
 
「もう1つの線を引いてみたらどうですか?」と。
 
それは、「勝った/負けた」だけでなく、練習試合の目的が「達成できた/できなかった」という軸を加えて反省点を考えてみたらどうか、という提案だった。
 
そうすれば、
「勝ち/達成できた」「勝ち/できなかった」「負け/達成できた」「負け/できなかった」
の4つの切り口で考えられ、その分、次へ向けて練習すべきヒントも多くなる。
 
その代わり、練習試合前のコーチ同士のミーティングがとても重要になる。練習試合の都度、試すべき内容を具体的に計画しておく必要があるからだ。そして、試合で実践し、反省会で4つの切り口で振り返り、次の練習試合につなげる。まさに、「PDCA」に他ならない。これは、野球経験がなくてもできる考え方だ。しかも、スコアラーからの事実・分析からの「PDCA」だからコーチたちへの説得力もある。そこから反省会が変わっていった。
 
そんなある日、練習試合の対戦相手の監督から試合後に、「お宅のチームは練習試合で何を得ようとしているのかその意図が明確で素晴らしい」とほめられたと、あるコーチから言われた。それをきっかけに、コーチたちから「小川さんは野球シロウトだからこそ野球経験者が気づかないところを遠慮なく言ってほしい」と私に意見を求めるようになってきた。
野球シロウトの私が、コーチに戦術を教える「クロウト」になった瞬間だった。
 
それは「ルビンの壺」のようなものかもしれない。
名前は知らなくても、みなさんも本などで見たことがあるのではないだろうか?
黒地と白地で書かれた1枚の図形で、真ん中が大型の壺に見える一方、視点を変えると、ちょうど向き合った2人の横顔にも見えるという特徴を持つ絵だ。
 
私は、自分のコーチとしての視点を変えた。「技術」から「戦術」へとたった1文字だけ。そして、ありがたいことに、周りのコーチたちもそれを受け入れてくれた。その結果、「技術」と「戦術」が1枚の絵になったのだ。「ルビンの壺」のように……
 
あれから10年。
恒例の夏の飲み会での「野球シロウトだから」という言葉には、もはやネガティブな響きはない。むしろ、今では、コーチにとってもチームにとっても劇的な変化をもたらしてくれた「伝説の言葉」となっている。

 
 
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2018-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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