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空き巣からもらった宝物


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空き巣からもらった宝物
 
記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ朝コース)
 
「警察です。いますぐ家に入らせてもらえないでしょうか」
電話口の向こうで婦人警官の方が言っている。
 
「ご不在のところ、申し訳ないですが、
 おたくのマンションで空き巣が入りました。
 Aさん(私)の部屋にも入った形跡があります。
 まだいるかもしれないんです」
 
一瞬、なんだか理解できなかったけれど、
こう答えた。
 
「部屋にパンツとか転がってたら、ごめんなさい」
 
東京から転勤して、まだ2週間だったので、部屋は散らかっていた。
仕事とはいえ、知らない女性に下着を見られるのは、ちょっと嫌だった。
とんでもないことが起きている時に限って、こんなことを考えるものなのか。
 
「大丈夫です。では、入らせていただきます」
 
突入!
 
そんなシーンを想像したが、だんだんと今起こっている事の恐ろしさが
わかってきた。
 
何を盗られたんだろう。
 
後味の悪い気持ちが沸き起こってくる。
 
また電話がかかってきた。
 
「部屋、入らせてもらいました。犯人はもういませんでした」
 
「荒らされたりしてるんでしょうか」
 
「見た限り、きれいですよ」
 
そんなにとるものもないよな。
 
ドアをあけた途端、安堵の気持ちは消えた。
 
たしかに、きれいだった。きれいさっぱり無くなっていた。
 
買ったばかりのDJ機材、ノートPC、CD、デジカメ、ビデオカメラ、
引越しもろもろで下ろしていた現金などなどなど。
 
エレベーターホールに向かって、かすかに台車のあとを見つけた。
窓の鍵の周りのガラスだけ、綺麗に半円状にくりぬかれていた。
ベランダの隣とのパーテーションも人がかがんで通れるくらい
破られていた。
 
「隣、空室ですよね。内見客のふりをして、
 南京錠をあけてベランダから入ったんですよ。
 おそらく常習です」
 
警察の方はこともなげに言ったけれど、
犯人の用意周到さが怖くなった。
 
一番ショックだったのは、DJ機材だった。
始めて1年くらい。出番も増えてきて、真剣に練習しようと思って
買ったばかりだった。
 
しかも、1週間後には、新しい土地に住み始めて、初のDJがあった。
ゴールデンウィークには2本イベント出演が決まっていた。
小さいイベントだけれども、あまり恥ずかしいことはできないと思った。
 
ひとまず、中古CDショップでも行こう。
 
と思って繁華街の方向へと歩き始めた。
 
ふと見るとコンビニの横に、音楽スタジオがあった。
 
「バンド練習、個人練習、DJ練習」と書いてある。
 
DJ練習ができるのか。
そういうスタジオを知らなかった。
 
しかも「24時間」と書いてある。
藁をもすがる思いで、中に入っていった。
 
その日から、練習が始まった。仕事が終わるのが0時過ぎ。
すぐスタジオに電話して、空き時間を聞く。
朝3時から5時は、毎日空いていた。
 
かける曲を決めて、順番に失敗なく繋げることを、ひたすら練習した。
 
ふと思った。
 
あれ? 機材盗まれたのに、すごい練習してるじゃん。
 
東京の頃は、「まだまだ初心者」という立場に甘えていた。仕事が忙しいことを
理由にあまり練習をしなかった。
機材を買うのも、後回しにしていた。
それがどうだろう。機材がない、本番が近い。
いつもとは違って、初めての場所でのイベントだ。
ピンチが揃ったら、自然と練習熱心な自分がいたのだ。
 
練習のかいあってか、緊張の出番は。可もなく、不可もなくだった。
「もう二度と出るな」というレベルではなかったようだ。
またDJさせてもらったり、遊びに行ったりして、
少しずつ、音楽の友だちが増えていった。
 
「引っ越して2週間で、機材を盗まれたんですよ」
この話は、初対面の人にも笑ってもらえた。
 
ふらっと入った飲み屋さんでも
この話をきっかけに知り合いが増えた。
 
「引越すなら、いい物件紹介するよ」
 
もっと人通りの多いところにある物件が見つかった。
 
こうして、仕事とは関係のない友人、知人が
みるみる増えていったのだ。
 
自分でも少し驚いた。
 
大人になってからは、お友だちを作るのは難しいという人がいる。
特に転勤先では、仕事もあるし、なかなか難しそうなイメージがあった。
 
しかし、私には、下手くそながら、人と接するDJという趣味があった。
そこに美味しいエピソードが加わった。
 
「引越し早々、空き巣に入られて、DJ機材を盗まれた間抜けなおっさん」
 
気づけば、空き巣という残念な出来事が
「大人になってからの友だち」という宝物をくれた。
 
わずか2年ほどの勤務だったけれど、
送別会には、仕事とは関係ない友だちが50人近く集まってくれた。
 
会の最後に、なんだかとても熱い気持ちになって
私はこう言った。
 
「ちょっと、東京まで長期出張してきます。これは出張です」
 
あれから7年。
今、友人たちが大変な思いをしている。
 
お見舞いの言葉をかけることしか
できていないことが、もどかしい。
 
もちろん自分も、十分に備えなければならない。
 
そんな中でも、考える。
 
あの時もらった宝物、
どうやったらみんなにお返しできるか。
 
今日も考える。考える。考える。
 
***

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2018-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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