ゴリラの娘が受け取った花
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡辺ことり(ライティング・ゼミ平日コース)
父親が教員だったため、山奥の教員住宅で幼少期を過ごした。
父親はいかりや長介に似た強面で、必然的に私のあだ名は「ゴリラの娘」。
変化の少ない田舎では、教員の家族は注目の的だ。
加えてご近所には男の子しかおらず、紅一点の私はあっという間にからかいの対象になっていた。
鬼ごっこが始まると、小学校高学年の男の子から、「ゴリラの娘だけは敵。それ以外は味方な」とグループ全員に通達が走る。
「敵ってなあに?」と尋ねれば、「仲良しのことだ」と教えられた。
やった~、と大喜びで鬼ごっこに参加すれば、いつのまにか私ばかりが追いかけられ、棒で散々突かれ叩かれた。
ロープでぐるぐる巻きにされ、朝礼台の下に放置されたこともある。
家に遊びにおいでと誘われて、スキップしながらついていけば、敷地に入った途端に態度が豹変、後ろ手に隠していた金槌で思いっきり殴られた。
鳥小屋に誘い出され、屋根から突き落とされた時には、人生で初の気絶をした。
「バナナをあげるから」と言われて小枝で作った檻に自ら入ったが、扉を閉めた途端、男の子たちは笑いながら去っていく。
バナナはもちろん、もらえなかった。
他にも砂で目潰しをされたり、思いっきりつねられたりと、毎日ありとあらゆるバリエーションでいじめられた。
しかし私は、とことん能天気だった。
「敵とは仲良しのことだ」と教える彼らの嘘に気がつくこともなく、仲良しのはずなのに、どうしていつのまにか泣かされているんだろうと首をかしげながら、1日経つとけろっとした顔で、彼らの後をついていく。
まだ4歳にもならないあの頃の私は、心の機微を知らない、ひたすら無邪気な子供だったのだ。
しかし、運命の日は突然やってきた。
ある日曜、教員住宅に綺麗なお姉さんたちが遊びに来た。
彼女たちはおそらく父の教え子で、小学校低学年くらいだったと思う。
お姉さん達は、言葉遣いや表情が、がさつな男の子たちとは全然違っていて、私を「ゴリラの娘」ではなく下の名前で呼んでくれた。
お喋りをしたり、笑いかけてもらったり、甘酸っぱい時間が過ぎていく。
やがて外で遊ぼうということになり、奇跡が起きた。
お姉さんたちが、私を鬼ごっこの鬼に指名したのだ。
いつもは男の子たちに追いかけられ、棒で突かれてボコボコにされていた私に、誰かを追いかける日がくるなんて、まるで夢を見ているようだと思った。
降って湧いた幸運に、私は有頂天になった。
鬼ごっこはみんなの笑顔で始まった。
私はもう嬉しくて嬉しくて、本当に嬉しくて、今まで生きていた中で1番っていうぐらい嬉しくて、お姉さんたちを追いかけている間中、ニタニタ笑顔が止まらなかった。
そして一番大人っぽくて、一番綺麗で、一番仲良くなりたかったお姉さんの背中を、はしゃぎながら思いっきりタッチした。
お姉さんは立ち止まって振り返った。その顔から笑顔は消えていた。
強張ったその表情を見て私は凍りついた。何か自分は間違えてしまった。お姉さんの醸し出す緊迫した空気から一瞬でそれがわかってしまう。
「誰が思い切り叩けって言うた?」
お姉さんは私がタッチした箇所に触れながら言った。
怒りを堪えきれないといった表情だった。
どれぐらいの強さでタッチすればいいかなんて、知るわけがない。
鬼になったのは初めてだから。
私はおろおろと立ちすくんだ。
「痛い」
お姉さんは顔をしかめ、最後にすごい目で私を睨み、信じられないという風に首をひねりがながら去っていった。
私は、夢が終わってしまったことを知った。
浮かれた気分は去っていき、胸がただ、ひたすら痛い。
有頂天になっていた反動か、身動きひとつできなくて、心の中には「ああ、やっぱりダメなんだな」というフレーズが繰り返されていた。
「やっぱりダメなんだ。私はやっぱりダメなんだ。ああ、やっぱりダメだったんだ」
私はこっそり家に戻った。
母親には鬼ごっこに飽きたという体を装い、部屋の隅で膝を抱えた。
それっきり、誰とも遊ばなくなった。
私はもう、無邪気な子供ではなくなっていた。
その後すぐに父の転勤が決まり、私はいじめっ子達とおさらばした。
新しい村で幼稚園に上がった。
そこには優しい友達がたくさんいたが、私は誰とも口がきけなかった。
名前を呼ばれても返事ができない。歌も歌えない。話しかけられても答えられない。
当然友達なんてできなくて、幼稚園では何もすることがなかった。
暇を持て余した私は、ふと幼稚園の本棚にある、一冊の本に手を伸ばした。
「人魚姫」。
ページを捲る。
面白い。
それからはひたすら本を読んで過ごした。
シンデレラにバンビ、おしいれのぼうけん。
幼稚園の片隅で、教員住宅の隅っこで、私はじゃぶじゃぶと物語を摂取した。
文字はあっという間に読めるようになった。
誰とも口をきかない私に、幼稚園の先生は「本を読む係」という役割を与え、私は何年かぶりに、家族以外の誰かと言葉を交わし、ぽつぽつと友達ができるようになった。
物語が私を人と結びつけ、魂を救ってくれたのだ。
部屋の片隅でいじけていた私に差し出された、一輪の花。
あの頃の私にとって、物語はそんな存在だった。
鬼ごっこがきっかけで、口がきけなくなった私だけれど、本当はいじめっ子達の執拗な攻撃で、確実に心が傷ついていたのだと思う。
それがある日コップの水が溢れるように、限界点を超えてしまった。
殻にこもった私の隣に、ひっそりと寄り添ってくれた、物語。
この世に物語がなかったら、私はもっと長い間、こう繰り返していただろう。
「ダメなんだ。ああ、やっぱりダメだったんだ」
白い紙に印字された黒い文字の隙間から、私は確かに物語の声を聞いていた。
「大丈夫だよ」って。
「ひとりじゃない」って。
あれから随分時が経ち、私は物語を作るようになった。
私の書いた一文字が、きっと誰かへの花になる。
それが物語への恩返しになると、私はそう信じてる。
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