浦島太郎の結末
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記事:縞隈 千代子(ライティング・ゼミ平日コース)
竜宮城にいったことってあります?
そう、それは浦島太郎が「しあわせ」を満喫した場所。
こどものころから「本当にあるならいってみたい」と思っていたけれど、それでもずっとなぞだなぁってことがある。
それは、このお話の結末のこと。
あんなに甘い時間を楽しんだのに、もらった玉手箱を開けたら浦島太郎は一気に老人に。このお話が言いたいことは「甘い汁には気をつけろ」なのか、「楽しい場所を自分から去ると、痛い目をみるぞ」なのかずっとわからなかった。
でも、今は浦島太郎の本当の結末って違うんじゃないかな? って思う。それは、わたしも浦島太郎として竜宮城にいったことがあるから。
わたしが竜宮城にいったきっかけは、ヘッドハンティング。
就職氷河期にあたってしまったわたしは、自分がやりたいこともよくわからないままに入れる会社に入り、仕事を通じてやりたいことを見つけたタイプ。
秘書から新聞社アシスタント、調査会社営業、広告代理店プランナーというように、転職するたびに、より拘束時間も責任も大きい職業になっていった。それは「自分の声がもっと直接クライアントに届くようにしたい」と思って仕事を変えていたから。自分の希望をかなえるための長時間労働はまったく気にしなかった。一方で、「もっといい環境ではたらきたいなぁ」とも思っていた。
そんなときに届いたのが、ある企業の人事からのメール。そこは「こんな会社で働いてみたいなぁ」と、かつて漠然とわたしが夢に描いていたところ。
しかも責任者自ら「ぜひぜひ、うちにいらっしゃいよ。絶対に悪いことはしないわよ。いいかいしゃよ」と、何度もラブコール。
正直、悪い気はしない。
そうして、ヘッドハンターである亀につれられて竜宮城にいくことに。
竜宮城は想像以上の場所。
高層階オフィスからはいいながめ。フードコートも職場のビルにある。
給与も前職場よりも高い。
なにより違ったのは、優秀な人が多かったこと。
そのため、優秀な人から降ってきた仕事をこなすことで精一杯になるというジレンマがあったけれど、その場所で働けることに満足していた。
だが、事態は一変する。
竜宮城の責任者が代わったのだ。
乙姫は竜宮城を所有していたのではなく、管理していただけ。その乙姫は他の竜宮城へとさっていき、新しい乙姫がやってきた。
新しい乙姫はサメだった。
「わたしがこの竜宮城をトップクラスの竜宮城にする」
厳しいながらもいるだけで満足できた竜宮城は、だんだんと天下一武道会になっていた。高給取りのスーパースターが増え、しのぎを削る。足の引っ張りあい、乙姫への根回し。他のチームへの攻撃。より高くなる要求。それまでの高速回転で悲鳴をあげはじめていた私のからだは、より回転数をあげざるをえなくなった。
そうして、タクシー帰りが続いたある日、わたしは倒れた。
医師からは「最低半年はやすみなさい」と休業命令。
その結果。
「倒れる人は竜宮城にはいらないから」とむりやり玉手箱を渡され、わたしは陸に戻された。
玉手箱を開けると、増えたしわ、重くなったカラダ、治療に時間のかかる病気、そして、転職に厳しいといわれる年齢がそこにはあった。
竜宮城から持ち帰ったのがこ、これ?
いや、もっと違うはたらきかたをすれば玉手箱の中は違ったんじゃないか?
竜宮城にいられたんじゃないか?
竜宮城をうらやむ気持ちと、ねたむ気持ちでしばらくの間わたしはゆれ、なにをする気力もおきなかった。
本当の浦島太郎の話なら、ここで終わり。
だが、わたしの浦島太郎ストーリーは続く。
玉手箱の中にはいっていたのは、ふけたカラダと痛い現実だけではなかった。
それは、仲間と気づき。
サメからの強いプレッシャーに耐えるためには、仲間が必要だった。ただ愚痴を言い合うだけ。ちょっとした声をかけるだけ。それでも、仲間がいることは、竜宮城を自分で去ることができなかった理由のひとつ。そんな仲間とは、竜宮城を去ってからも連絡が続き、地上に戻って腐りかけたわたしに気づかせた。
わたしがしたかったこと。それは、もう自分の望む竜宮城を探すのではなく、つくることなのだ、と。大きくなくていい。自分の手で作れるサイズでいい。
そうして海への未練を捨てたわたしは、浦島太郎という名前も捨て、トムソーヤという名前をえることにした。
そう、海の中ではなく、木の上に小屋をつくり、そこから冒険にでるのだ。
もちろん、そこには一緒に竜宮城を生き抜いた仲間も一緒。
新しい小屋は、竜宮城のように豪華な設備も、いたれりつくせりのサービスもない。風に吹かれたら壊れてしまうかもしれない。
それでも、与えられるだけではない、自分で作らなければならない旅に仲間とでられることに、今はわくわくしている。
だからこそ、本当の浦島太郎も、「地上に戻った後に『竜宮城にいってきました! まんじゅう』を売り、その後立派な家を建てました」のような話になっていればいいのに、と心から思っている。
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