私の中の「鬼母」が右手を振り上げた
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記事:チミモン(ライティング・ゼミ朝コース)
「あっちに行って、近づかないで」
自分から発せられたとは思えないほどに冷たく低い声で、私は背中越しに長女へそう告げた。
次女を出産して退院してから数日後のことであった。
4歳の長女は生まれたばかりの次女に興味津々で、ほっぺや手をさわってみたり抱っこしようとしてみたり、何かしら次女とコンタクトをとろうとしていた。それがイラついて仕方がないのだ。
せっかく寝かしつけたのに長女がさわったせいで次女が泣き出してしまった。なぜ要らないことばかりするんだろう。どうしようもなくイライラする。もう関わらないでほしい。その思いが口をついて出たのだった。ひどい言葉を浴びせながら、長女の顔すら見なかった。
自分で自分が信じられなかった。
4年前に長女を出産した時も私は自分が信じられなかった。
理屈が通らない状況を嫌うはずの私が、理不尽の権化とも言える赤ちゃんにメロメロになってしまったのだ。長女はとにかく可愛く、目に入れても痛くないとはこのことかと思った。自分より大切な存在があることがいかに幸せなことか初めて知った。
第二子の妊娠がわかった時、二人目を長女と同じくらい愛せるかどうか不安になったくらいだった。
それが、新しい赤ちゃんがやってきたとたん、この始末である。頭ではよくわかっている。長女は悪くないこと、私がイラついているだけだということも。それでもどうしても自分を抑えられなかった。
悪いことに、長女は人生一回目の反抗期を迎えていた。私が注意してもなかなか行動に移さない、強く言われれば口答えするという状態で、私と長女の関係は悪化する一方だった。保育園に行く前、帰ってきてから、寝る前、あらゆる場面で私と長女はケンカをし、どちらかがキレて一日が終わっていた。
主人からも「大丈夫?」と声をかけてもらったが「じゃあ替わってよ!」と怒鳴って泣くしかできなかった。
次女が生まれて2ヶ月が経った頃、主人の仕事のために家族全員で瀬戸内海に浮かぶ島に出かけることになった。Tさんという主人の友人が運営するNPOと、島での生活を視察・取材するのが目的である。子供2人を連れて、飛行機・タクシー・フェリーに乗らなければならないハードな行程に私は不安を感じていたが、
「島ではTの家に泊まるし、Tの家にも6ヶ月の赤ちゃんがいるから気兼ねしなくて大丈夫だよ、気分転換にもなるかもしれないよ」
という主人の言葉に背中を押されて、家族で行くことを決めた。
しかし不安は的中した。
空港に着くやいなや、長女は自由にあちこち行ってしまうし、靴のまま椅子に座ろうとするし、「行くよ!」と言っても全然その場から動こうとしない。飛行機に乗せるだけでも一苦労。フェリーの中でも大声で話したり窓側に座りたいと騒いだり。当然次女もたびたび泣くので、私の神経はすり減っていった。
島に着いてからそこまで周りの目を気にする必要はなかったが、それでも長女の言動と私の注意はセットになっていた。
島での2日目の朝、私が次女と居間へ向かうと、長女は隣の部屋のドアを開け閉めして遊んでいた。危ないしうるさい。
「やめなさい」
声をかけた。長女はまったく耳を貸さない。
「やめなさいって言ってるでしょ、やめて」
長女はムキになってやめない。
「やめなさい!」
「なんで私ばっかり怒るの?! 私なんかかわいくないんだ!」
一瞬で頭に血が上った。
私は思いっきり右手を振り上げた。
長女が両手で頭をかばった。
我に返った私は、そのまま手をおろした。
長女の目が怯えていた。
何も言わずに私は居間から去った。
まさか自分が怒りに任せて子供に手をあげようとするなんて。私は自分の怒りを長女にぶつけようとしただけだ。どうしよう。親失格だ。どうしよう。もうあの子の顔が見られない。どうしよう……!
私はぐちゃぐちゃに混乱した。
長女は主人と一緒に目の前の海に出かけて行き、とても楽しそうに帰ってきた。
私は長女に謝ることはおろか声もかけられなかった。
1時間すればいつもの私と長女の関係に戻って会話も交わしたが、あの出来事が自分の中で薄まることはなかった。私のなかにも「鬼母」は潜んでいたのだ。
長女は5歳になると反抗期を抜けたのか、すっかり分別のつくお姉ちゃんになった。おのずと私からの注意も激減し、長女と私の関係は一気に修復した。結果的には長女の成長が事態を解決してくれたである。
産後のイライラと子供の反抗期が重なっただけ、といえばそれまでだが、これ以上ないくらい苦い経験として私の中に深く刻まれた。「怒り」が私のすべてを乗っ取ったあの瞬間を私は生涯忘れないだろう。
今でも長女にあの時のことを謝っていない。もっと大きくなった時、何なら彼女が母親になった時に謝ろうと思っている。
ところで、私は現在三女を妊娠中である。次女は今4歳。
前回の出産の反省を私は活かせるだろうか。やっぱり産後イライラに負けてしまうのだろうか。
なんとなく、私と次女を守ってくれるキーパーソンは長女なのではないかという気がしている。
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