「手のひら返し」と「恩返し」
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記事:小川泰央(ライティング・ゼミ平日コース)
「また、断られた。日程が合わないそうだ」
少年野球チームのコーチの一人が言った。
それは10年ほど前のことだ。
私の住んでいる地域の少年野球チームに息子が加入してから2年が経ち小学校5年生になっていた。その頃は私もコーチの一員としてチームの運営にも参加していた。
その少年野球チームは地元の小学校1~6年生が加入できる軟式野球のクラブチームで、創設から20年以上の歴史を持つ老舗だ。野球を楽しみ、元気よく体を動かすことがチームのモットーだった。広々とした空き地を開拓した手作りのホームグラウンドは子供たちの宝物であり、いつも元気な声であふれていた。
ただ、実力はというと、地区大会を1回戦を突破できるかどうかだったから、お世辞にも強いとは言えなかった。それでも良かった。その時までは……
小学校高学年になると、公式戦が始まる。チームも6年生チームと5年生チームに分かれてそれぞれの大会にエントリーするのだ。
息子は5年生チームだったが、公式戦はなかなか勝てなかった。ホームグラウンドは公式戦の大会会場になることが多かったため、大会期間中、練習場としては限られた時間しか使えなかった。大会が行われなかった時でも、6年生チームがメインに練習するため、5年生チームは、グラウンドの脇のスペースを利用して基礎的な練習を行うしかなかった。
そんな状況では明らかに実践不足。公式戦で勝てないのは当然だったかもしれない。しかし、負ければその大会はそこで終わり。次の大会までの数か月間は試合がない状態だ。一方、勝ち進めばその大会で何試合もできる上、その大会が終わる頃には、次の大会が始まるので、次から次へと試合ができる。その明暗こそがトーナメント戦の厳しさだ。
そんな現実に直面した子供たちから、ある公式戦に負けた試合後の反省会で、「勝ちたい!」という言葉が口々に出た。それを聞いた監督やコーチたちも「勝つ喜び、勝つ楽しさを子供たちに味合わせたい」という気持ちでいっぱいになった。
そこで、コーチ陣の中でも最も熱い男が動いた。「実践練習を積むために出稽古に行こう。できるだけたくさん練習試合を組むから」と言って、練習試合のコーディネーター役を買ってでたのだ。地元だけでなく周辺地域まで広げて様々なチームに対して、昼夜を問わず、来る日も来る日も電話やメールで申し込み続けた。
しかし、申し込んでも、申し込んでも、断られるばかりだった。
「また、断られた。日程が合わないそうだ」
確かに、こちらは地区予選を1回戦突破できるかの弱小で無名のチーム。「日程が合わない」というのは体のいい断り文句だった。
あるチームにいたっては、こちらとの練習試合が決まっていたはずなのに、後から決まったチームを優先し、直前になってこちらをキャンセルしてくる始末。後から決まったチームは我々よりはるかに強かった。強ければ強いほど、公式戦の試合が続くのだから、限られた練習試合の機会を最大限に生かしたいと思うのは無理もなかった。我々は所詮滑り止めだった。
一方で、「困っているのであれば」ということで、練習試合に応じてくれるチームもいくつかあった。必ずしも強いチームばかりではなかったが、ありがたい申し出だった。何しろ、子供たちの目の色が変わり、日ごろの練習の成果を思いっきりぶつけられる機会を与えてくれたのだから。
こうして練習試合を重ねていくうちに、子供たちも実践感覚をつかみ、コーチ陣も戦術や練習方法に磨きをかけていった。そして5年生チームの後半頃には、地元の、ある大会で優勝できるまでに成長した。
息子たちが6年生チームとして活動し始める頃には、練習試合を申し込まれることが多くなっていた。ついこの間まで断られ続けたのが嘘のように。そしてその中には、あの直前キャンセルしてきたチームからの申し込みもあった。
それは、まるで、テレビドラマの「陸王」のようだった。
「こはぜ屋」という老舗の足袋メーカーが、そのノウハウを生かして、ランニングシューズの開発プロジェクトに乗り出す際に融資を渋った銀行が、プロジェクトが成功すると今度は融資に前向きになるように……
茂木という実業団のマラソン選手のシューズをサポートしていたスポンサーが、茂木がレースで怪我をしてしまうと早々とスポンサーを降りると言い出し、その後復活してレースで優勝するとスポンサーとしてサポートさせてくれというように……
まさに「手のひら返し」
「かつて直前キャンセルをしてきた強豪チームから練習試合の申し込みが来た。我々が対戦したいと熱望していたまさにその相手からだ」
コーディネーター役のコーチが、我々コーチ陣に向かって言った。
そして続けた。
「しかし、その日は、別のチームからも申し込みが来ている。そのチームは我々が練習試合の相手を探しているときに、ウチで良ければと助けてくれたチームだ。どちらを選ぶか」
彼の言葉を待った。
「やはり、我々が苦しい時に助けてくれたチームを選ぶべきだ」と彼は力強く言った。
もちろん、反対する者などいなかった。
そして、6年生最後の夏。
数多くの練習試合をこなし、すっかりたくましくなった6年生チームは予選を勝ち抜き県大会へ。そして、さらに県大会を勝ち抜き、ついにチーム史上初の関東大会進出を決めた。
その日は特に暑い日だった。空を見上げると入道雲がもくもくと広がっていた。その1つ1つが苦しかった時に助けてくれた人たちの顔のように見えた。ふと、涙がこぼれた。
「少しは恩返しできたかな」
そんなことを思いながら、いつまでも、いつまでも、空を眺めていた。
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