あの日、熱を出さなければ、ぼくは未熟な夫のままだった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:Masatomo Sugai (ライティング・ゼミ平日コース)
「体調悪いから先に上がらせてもらっていい?」
同僚の広澤(仮名)に声を掛けた。
「おう、大丈夫。じゃ明日11時45分に店に集合でよろしく」
「オッケー」
明日は広澤が主催して予約した鮨ランチ。予約の取れない有名店で、ランチで1人15,000円。とんでもなく高い鮨であることは間違いない。しかもカウンター8席を貸し切っている為、休むわけにはいかないというプレッシャー付き。広澤の面子を潰すわけにもいかないので絶対に休めないアポイントだった。しかもそこに妻と子供も連れて行く予定であり、合計で3万の出費である。めちゃくちゃ高い。気が引ける値段の高さ。しかも当然のように妻の分も僕が出す事になる。1万円を超えるプレゼントなんて、せいぜい誕生日とかクリスマスプレゼントくらいなのに。すでに足取りは重い。
そんな明日を控え、今日、僕は熱を出した。
16時5分。
早退して自宅に辿り着く。
誰もいない自宅で倒れるようにベッドに横になった。
体温計は39度6分を表示していた。
「ただいまー。パパ、ねんねしてるね」
「ねんね、ねんねっ」
17時。
妻が仕事を終え、保育園から子供と一緒に帰宅した。
熱のせいもあり、よく寝付けるわけでもなく、ぼーっと横になっていた。
いつもなら仕事をしていて自宅にいない時間。
この時間に妻と子供がどんな風に過ごしているのか、少し気になっていた。
というのも、妻は、毎日のように疲れ切って、子供の寝かしつけでそのまま寝てしまうことが、毎日のようにあったからである。その上、妻はその事を気にしていて、「ごめんなさい」と僕に謝るほどだった。疲れてるんだからそのまま寝て良いんだよ、と何度言ってもそんな調子であった。
だから、何か工夫できるところや、先に手を打てることが、何かしらあるのではないかと思っていた。
良い機会だと思い、寝付けない僕はリビングから聴こえる2人の声を聴いていた。
実際に聴いてみると、想像以上だった。
子供はまだ喋れないので、泣くとか、言葉にならない単語で主張するしかない。
17時50分。
食べたくないと泣く声、
「もう食べないの? ご飯終わりにしちゃうよ?」
次第にイライラし始める妻の声。
夕方眠くなり泣き始めたり、
だっこをせがんだり、
妻がトイレに立つだけで泣き始めたり。
19時20分。
お風呂場からあがり、オムツを履かせようとする妻と、それを逃げる子供の声。
20時05分。
寝る前のミルクを頬張るも、うまく寝付けず、不機嫌に泣き始め、妻があやす。
20時30分。
子供の就寝と共に妻の1日も終了した。
これは大変だわ……
もちろん、うちの子も泣いているばかりではない。笑ったり、ご機嫌に遊んだり、一生懸命におしゃべりしたりする。今日のこの約4時間の間にもそのような時はたくさんあった。
しかし、ところどころやってくる不機嫌や泣きは耐え難いものがある。いつもやっているとはいえ、ましてや我が子とはいえ、何をやっても泣き続けたり、こちらの思う通りにやってくれなかったりすると、さすがにイライラするものである。
そんな中で妻は、平常心で、怒鳴るような事もなく世話をしてくれていた。しかも自分の夜ご飯もろくに食べずに、である。
いつもこんな調子なのか……
僕は自分が情けなくなった。恥ずかしくなった。
1人で子供の世話をすることが大変なのは理解しているつもりだった。最近の状況はよく聴いていた。歩けるようになり、いろんなところに手が届くようになってきていて目が離せないこと、自己主張するようになってきたことも。休みの日だってほとんど予定を入れず、家事や子供のことで1日が終わる。最近はほとんどやっていなかったが、生まれて数ヶ月の頃は何度か1人で1日世話したりもしていた。
だから、状況は分かっていた。
しかし、「つもり」でしかなかった。
僕が理解していたのは、ほんの少しだけだった。頭でしか理解していなかった。百聞は一見に如かず、とはよくいうが、まさにその通りだった。
毎日のようにこんな状況なのか……
そりゃあ、寝ちゃっても仕方ないよ……
ベッドで横になりながらそう思った。
いつも見えていなかった部分を知る事で、妻のことを少し理解できたかなと思う。
また、同時に自然と沸き起こってきたものがあった。
それは、感謝だった。
有名な経営者は皆、感謝を忘れるな、と口々を揃えていう。
そのような本は多く読んできたし、理解してきたつもりだった。
実践できているつもりだった。
しかし実際は、いうほどできてはいないし、理解できてもいなかった。
まだまだ未熟だった。
そんな自分が恥ずかしく感じられた。
いつも、本当にありがとう……
熱があるとはいえ、家にいながらも何も手伝ってあげられない自分が不甲斐なく、それと対照的に精一杯頑張っている妻に感謝しか無かった。
本当に、本当にありがとう……
おかげでやりたいように仕事が出来ています……
熱に体が慣れたのか、それとも熱で体が疲れ果てたのか、僕も眠りに落ちていた。
4時36分。
気がつくと朝だった。
横には深い眠りについている妻と、
縦横無尽に移動した後の子供が寝ている。
軽い頭痛はあったが熱はなく、僕はすっかり回復していた。
11時58分。
広澤はじめ、今日のメンバーが揃った。
予定通り、鮨ランチが始まる。
今日の鮨は、妻には楽しんでもらいたい、心からそう思えた。
少しでも労えたら、少しでも苦労が癒せたら。そんな思いだった。
そう思ったら15,000円なんて安いもんだ。
ベビーカーを押しながら、僕は暖簾をくぐった。
その時の足取りは軽かった。
「っらっしゃい!」
僕から妻への、秘密の感謝祭が始まった。
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