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仕事中の涙は反則だけど


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:きくち ともこ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「うるせぇな。お前がやれって言ってるだろうが」
 
そういって男は、今度は肘で私を小突き始めた。
これ以上は耐えられそうになかった。
手を挙げて、近くに居た男性スタッフに助けを求めた。
 
その時私は、パソコン端末を使って諸々の申請手続きをする会場で
操作のサポートをするアルバイトをしていた。
毎日たくさんの人が訪れる。
操作に慣れていない人、何を申請しなくてはならないのか
よくわからないまま会場に足を運ぶ人もいた。
申請そのものが複雑なこともあって、小言を言いながらの人も少なくなかった。
 
その男もそんな一人かと最初は思った。
操作のサポートをするため、背のかなり高いその男の横に立ったが、手を動かそうとしない。
持っていた書類を、パソコンの前に投げつけるように置くのを見て、嫌な予感がした。
 
「IDはお持ちですか?」
「ID? そんなもの知らないね」
「では新規での登録になります。サポートはしますがご入力はご自身でしていただきますね」
そう告げると
 
「はぁ? それお前の仕事だろう? お前がやれよ!」
と言ってきた。
 
思わず顔を見上げると、にやにやしている。
もしかして酔っているのか、とも思ったけれど、お酒のにおいがするわけでもない。
厄介な人に当たってしまったことに気がついた。
言葉を吐き出す声が小さいのだ。周りに聞こえないようセーブしているのが分かる。
 
本当に怒っているわけではなく、わざとやっている。
そういう場面に免疫がなかった私の体が緊張しはじめた。
指が震えそうになるのを、手首に力をいれてこらえた。
 
いちいち毒の含んだ言葉を投げつけられながら入力を進めた。
本来サポーターが全部入力してしまうのはNGなのだ。
けれど、「お前がやれ」「うるせぇ」とぶつぶつ文句を
言い続ける男に何を言っても無駄だった。
 
そのうち指だけじゃなく、胃のあたりにもふるふると揺れるような感覚がしてきた。
 
何度も「こちらで間違いないか、ご確認をお願いします」と
できるだけ刺激しないようお願いしながら進める。
でもパソコンの画面を見ようともしない。
 
どうしても書類と申請内容を確認してもらわなくてはならない場面が来た。
「ご確認をおねがいできますか」と丁寧にお願いするも
「うるせぇな。お前がやれって言ってるだろうが」「お前の仕事だろう!」
と肘でぐいぐい私を小突き始めたのだ。
 
つき飛ばされるのではないか。
反射的にそんな恐怖に襲われた。
手を挙げて男性スタッフを呼ぶ。もうこれ以上、耐えられそうになかった。
 
男性スタッフがその男を別室に連れて行く姿を見送りながら深呼吸した。
気持ちを切り替えよう、と自分に言い聞かせる。
まだ胃のあたりの緊張が解けない。
 
近くにいた別の男性スタッフが近づいてきた。
何か注意を受けるのだろうか……
そう思って少し身構えた。
でもその人がかけてくれたのは
「よく、こらえたなぁ~、頑張ったな!」
というねぎらいの言葉だった。
 
年配で、どちらかというと寡黙なその男性スタッフとは
普段から挨拶以外の言葉を交わしたことがない。
まさかそんな言葉をかけてもらえるなんて思ってもいなかった。
ゆるゆると緊張が解けてきて、ようやく胃のあたりの震えが止まった。
それと引き換えに、今度は額のあたりが熱くなり始めた。
 
あ、マズイ。
 
少しだけ休憩させてください、とその場を離れてロッカールームに駆け込んだ。
こらえていた緊張感とか怖かったという気持ちが、ポタポタこぼれてきた。
仕事中に取り乱すなんて、最低。
そんなことは承知していたけれど、こぼれてくるものを止められなかった。
 
それからしばらくは自分が情けなく、落ち込んだ。
その後も苦情をぶつけてくる人もいて、また自信を無くしたりもした。
けれど、それ以外の対応したほとんどの人は苦情なんか言わなかった。
 
「できることは自分でやるわよ。教えて頂戴!」と、ほんの少し手伝っただけで
あとは自分で手続きを完了させる人。
還付金の申請の人で「こんなに頑張ったのにこれだけ~?」と爆笑する人もいた。
数百円しか返ってこないんだって! と笑いながら去っていった。
 
「パソコンなんて使ったこともない」と、一つ一つを一緒に確認しながら
手続きをする人は多かった。そういう人は大抵、手続きが終わると
「ありがとうね。助かったよ」と、感謝の気持ちを残していった。
 
「これは入力しなくていいよね」と言って、カバンに戻しかけた書類を
「念のため全部入力しましょう」と引き留めて入力してもらった人が居た。
 
手続きが終わると、わざわざ別の持ち場に居た私に声をかけに来てくれた。
「君のおかげで、還付金が大幅に跳ね上がったんだよ! いやー本当にありがとう!」
と大きな声でお礼を言ってくれた。
 
胸のすく思いだった。
 
小突いてきた男の怖さは、なかなか抜けなかったけど
男性スタッフからの言葉を思い出すことで、だんだん薄らいでいった。
アルバイトの期間中、少なく見積もっても数百人は対応したはずだ。
そうすると数百人から感謝の言葉を浴びたことになる。
落ち込んでへこんだ私の気持ちは、浴びた感謝の言葉でだんだん膨らんでいった。
 
アルバイトが終わり、みんなで打ち上げをしたときには
「また次があったら今度はあんな苦情、かわしてみせる」
懲りもせず、そんなことを思う私がいた。

 
 
***

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2018-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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