メディアグランプリ

フィリピンのおばちゃん先生が教えてくれたこと


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記事:加藤朋江(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
2年前の春、私はフィリピンのとある島にいた。そこまで頑張った都市ではなく、かといって何もない激しい田舎でもない。適度にモノがあり住民はおだやか、観光客にとっては過ごしやすい場所であった。そこにいたのは、詳しい紹介は省略するが日本のNPOが企画した日本人の小学校高学年から中学生の子どもたちとフィリピンの子どもたちの交流プログラムにボランティアのようなスタッフとして関わっていたからである。そしてその日は滞在3日目で、子どもたちが午後から現地の高校で英会話の授業を受けることになっていた。
 
その頃の私は疲れていた。このプログラムに加わるために年度末で多忙を極める本業の仕事を残業に次ぐ残業で片づけ、渡航前日は逃げるように福岡から成田へ移動、フィリピンに到着してからもホテルと研修場所へのバスでの移動、団体生活特有の自由のきかなさ、3月における日本とフィリピンとの気温の落差……等々で疲れており、その日の気分を正直に言えば、「ホテルで昼寝していたい」感じであった。だが、もちろんそういう訳にはいかない。
 
高校に訪問する日は午前中が現地の講師による英会話が行われ、ランチをはさんで高校へ移動となった。バス学校に到着すると高校生たちが熱烈に歓迎してくれた。どの程度熱烈かというと、みな授業をやっている教室から身を乗り出して手を振ってくれる。どの顔も本当に満面の笑顔である。白い歯を爽やかに見せてみなが全身で笑ってくれている、そう感じた。
 
私たちはまず学校見学をさせてもらった。その後一つの教室に入って日本の子どもたちと高校生たちとの交流プログラムである。まずは、いわゆる「アイスブレーク」の時間があって、簡単なゲームをしながらお互いの距離を詰めてゆく。最初はぎこちなかった日本人の子どもたちが人懐こい現地の高校生たちの上手なリードによって、最後は彼らと手を繋いでゲームに興じるようになっていったのが印象的だった。
 
さて、私はといえばその様子を教室の後ろの方でフィリピン人の高校の先生たちと一緒にいた。そこにおられた先生方はみな女性で、もっと言うと50代以上と思しき「おばちゃん」先生たちであった。おばちゃん、その方たちを貶めたいから言うわけではない。むしろ、フィリピンのような格差社会で、高校で教える資格を持って働いている先生方というのは階層的には上の方におられる高い学歴の持ち主であると言える。彼女たちは、皆iPadを持って今回の交流の様子を撮影し何かあればネットに接続して調べると共に、わかりやすい英語で高校のことやフィリピン社会のことを私に丁寧に教えて下さった。高いところからの物言いではなくあたたかで親身な物腰、カラフルで個性的な服装は九州の優しいおばちゃんのようであり、私は心の中で勝手に「おばちゃん先生」と彼女たちを名付けたのである。
 
さてプログラムが進み、英語での自己紹介タイムになった。ここで私は「しまった」と思った。みな、名前と年齢と一言コメントをしているのだが、子どもたちや高校生たちでなく、大人にも順番がまわってきそうである。子どもたちや高校生はみな10代なので問題ない。だが、私のような「おばちゃん」が公衆の面前で年をばらしてしまっていいのであろうか? それは、相手を不快にしないのであろうか?
 
躊躇する私をよそに、自己紹介はどんどん進んでゆく。子どもたちがあらかた終わり、あとは周囲にいる大人たちになった。ここで、私と同じグループの日本人女性が英語で自己紹介をした。”My name is ~~. I’m from Japan. Nice to meet you.”おお! その手があったか! 彼女は自分の年齢を見事にスル―した。これは私も真似しよう。というわけで、私も同様の挨拶をした。そして日本人の大人の挨拶が終わって、次はフィリピン人の先生方の番になった。
 
“My name is~~. I’m 58 years old. Nice to meet you.” えっ? と私は耳を疑った。彼女ははっきりと自分は58歳である、と告げた。そして驚いたことにその場にいる全てのフィリピン人の先生方が自分の年齢をはっきりとカムアウトした。40代、50代、中には60代の方もおられた。
 
これは私にはカルチャーショックだった。公衆の面前で、女性が自分の年齢を堂々と告げるのである。日本ではある一定の年齢以上になれば女性に年を聞くのは失礼なこととされ、また自分の年齢についてもあからさまにしないような文化がある。私もそれを当然と思っていたし、また30代位から自分の年を言うのは恥ずかしいという思いがあった。だが、フィリピンのおばちゃん先生たちは年齢に対して恥じることなく、自分に備わった属性の一つとして普通にそのことを告げていた。その態度を見て思った。年齢を隠したり、年を取ることを恥ずかしく思うのは、むしろそれ自体が恥ずかしいことなのではないか、と。
 
フィリピンの高校での英会話のクラスは、子どもたちに異なる文化を持つ他者の存在を教えるものであった。だが同時にそれは、私という、疲れた大人にとっても新しい刺激をもたらすクラスであった。年を人前でいうことは恥ずかしいことではない。というか、なんでそんなこと思うの? 堂々と自分の年を報告するおばちゃん先生たちの美しさに私は自分の小ささを思い知らされた。
 
今もし、あの自己紹介タイムに戻ることができたら、私はしっかり告げるだろう。
“My name is KATO, Tomoe. I’m 48 years old. Nice to meet you! ”と。おばちゃん先生、どうもありがとうございました。

 
 
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2018-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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