ゆりかごから墓場まで
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
神さま、幸せな家族に産んでくれてありがとう!
優しい父、ユーモアのある母、カッコイイ弟。
困窮した生活を送っているわけでも無く、家に帰れば「おかえり」と迎えてもらえる。
母のご飯はおいしいし、父も困っていたら助けてくれる。
弟はお年頃でシャイだけど、わざわざ遠い高校に通ってまで部活を頑張ってる。
生まれて19年、特に大きい波も無く、この家族の元で暮らしてきた。
「ああ、私は幸せもんだ」
なんだかこんなことを書くのも恥ずかしいな。
……でも、いつか死んだら、きっと私はこの人たちと同じ墓に入るのだろう。
ゆりかごから墓場まで、この箱の中で。
「そうだね、私は幸せだ」
だから、来年家を出ようと思う。
「たまにはご飯作ってくれても良いのに」
最近増えた母の小言が、嫌に耳につく。
学年が上がって授業が減り、家に居る時間が増えたからだ。
家と学校とバイトの往復。その繰り返し。出不精なもんだから、家から出ない日だってある。
それに比べ母は忙しい人だ。
家事をして、友達と歩きに行って、学研で小さい子相手に勉強を教える。
「ああ、そうだよね。たまには作ってみようかな」
なんて。ほら、笑って返せるくらい大人になったよ。
しかし、いつだってこのセリフは、用意しても宙ぶらりんになってしまう。
「まあ、どうせやらないだろうけど」
母はそう言って台所に立つのを見て、私も部屋にこもる。
ああ、またこの繰り返しだ。
“安定の”やりとり。
いつものことだ。幸せな家族の、幸せな生活の一幕だ。
……だから、誰か気づいて欲しい。
「まただ、また言われた」
ぐらぐら揺れるバランスボールみたいに、その“安定”を保つ私に。
甘えるなと言われてしまうだろうか。
贅沢言うなって。やれば良いだけの話だろ。
「でも、なかなか抜け出せない」
……多分、母も私を鼓舞するつもりで煽っているのだろう。
だけど、それに気づくのが少し、いやかなり遅すぎた。
「ハナから否定されて、やれるわけないじゃん!」
今みたいにひねくれる前、まだ素直が取り柄だった私は、言葉のままに信じてしまったのだ。
そこからずるずると、繰り返した“安定の”やりとりは、幸せな生活に根付いてしまった。
それで安定してしまったのだ。
『どうせ言っても出来ない』私が、小林家という箱の中に設定されてしまった。
……ひねくれてから気づくなんて、なんて皮肉なんだろう。
「でも、何も問題ないじゃん」
掃除できなくても、朝起きられなくても、料理が出来なくても。
私が出来なくて、誰かが困ったことなんて一度もないのだ。
「だけど、本当は案外やれる子なんだよ」
そう言ってみようと口をもごもごさせたのは、今日で何回目だろう。
箱の中に私一人の日、心の中で何度も唱えたから数えるのも止めてしまった。
だって、みんな知らないだろう。
なんだかんだ掃除機をかけていること。
日が昇っても作業をしていること。
冷凍庫の豚肉が減っていること。
「でも、知らなくていい」
知られたら、この安定はなくなってしまうんじゃ無いかって。
「今日も言えなかった」
そうだよ、不安なんだ。不安でたまらないんだ。
どれだけグダグダと書き連ねても、結局私はこの幸せが大切なのだ。
……箱の中は、安全だ。
この幸せが保証されているから、いつまでもここに居たい。
ゆりかごから墓場まで、私は幸せを保証されたい。
「良い意味でも悪い意味でも安定している」
ある日、そうフィードバックがついたとき、ドキッとした。
「ばれちゃった」
しかし、そんなことよりも悔しさの方がキツかった。
図星をつかれたのが、見透かされたようで。どんなに取り繕っていてもバレてしまったのだ。
……箱の中の、自分のちっぽけな内心を、顕微鏡で拡大して書き続けてきた。
家と学校とバイト。時々他の人。
限られた登場人物の中、自己分析のように繰り返してきた記事は、安定している。
過去のことを振り返ることはあっても、新しい自分と向き合う勇気は無い。
「だって、怖いから」
箱の中でネタのかけらを拾って、それをじっと見つめる。
最近、それがひどくみじめで、情けなくて、でもこの箱の中から出る勇気がない自分が死ぬほど悔しい。記事を書きながら、どこも痛くないのに泣きそうになる。
……だって、誰かに否定された訳じゃ無いのだ。
母でも、父でも、弟でも、フィードバックを付けてくれる三浦さんでもない。
「私だ、私自身だ」
箱の中に私自身を縛り付けていたのは、他でもない私だった。
ゆりかごから墓場まで、そこに幸せを感じていたのは私だけだったのだ。
私はなんとしても、この家を出なければならない。
箱の中は幸せだった。私の幸福は確かにここにあった。
「神さま、幸せな家族に産んでくれてありがとう!」
一生ここで生き続けると思ってた。
ゆりかごから墓場まで、ここで生涯を遂げると誓った日もあった。
「でも、まだやれることがある」
だから、来年家を出よう。
箱の中に、『どうせ言ってもできない』私のロールをおいていこう。
「ゆりかごから墓場まで、ここに居る必要はない」
掃除して、洗濯して、豚肉を解凍する。
箱の外で、そんな新しい自分の可能性を拾い集めよう。
そして、母に連絡するのだ。
「ねえ、案外うまくやれてるよ」
そんな“安定の”ために。
来年、家を出ようと思う。
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