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傘を忘れた私が駅ビルに行ったわけ


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記事:北川香里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あれ、傘どうしたっけ?」
駅を出ると外は雨。持っていたはずの傘を持っていないことに気付く。電車に傘を忘れてしまったのだ。一度目は落とし物センターで見つかったが、同じ傘を二度目に落とした時は戻ってこなかった。
「やっと見つけたお気に入りの傘だったのに」
黒い生地に白い小さいドットが入っており、フリルで縁取りしてある。骨組みは細い金色の金属でできていて小ぶりな、少しパラソルに近い、きわめて女性的なデザインの傘だ。
「帰りはどうかやんでいますように」
仕方なく目的地まで早歩きで向かう。傘を忘れるといいことはまずない。駅から家まで濡れて帰るか、ビニール傘なり新しい傘を買う出費をすることになる。私はビニール傘がどうも好きになれない。それを買うことはなにか、負けた気がするのだ。
 
「これは傘なしというわけにはいかないな」
強い雨の時に、傘を持っていなくて駅で買ったことがある。太目で木目っぽい取っ手。パステルっぽい水色の生地は厚く、抽象的な色模様が入っている。かのお気に入りの傘とは似ても似つかないものだ。それでもぜいたくは言えない。どしゃぶりの中、半袖のワンピースで歩けば肌にはり付くほど服がびしょ濡れになってしまう。
 
デザインといい出費といい、まったく不本意な買い物をして痛い目を見たあの日、私は初めて本気でなんとかしたくなった。ビニール傘でしのいでいたら到底そうはならない。長傘を不本意ながら買って、それを目にするたびに、あの時忘れたからこれを買ったのだといっそ慚愧にたえなくなるのがよい。
 
まず、そこまで傘にこだわりがある私がどうして忘れてしまったのか分析した。
私は手から離れた時に忘れるというわかりやすいパターンの持ち主なので、とにかく手にずっと持っているという策をとっていた。それでも、握り続けるのは嫌になるのが人情だ。手から離さなければいい、というのは解決策としては当然弱い。座席のサイドにある手すりに傘の取っ手をかける人がいるが、あれでは忘れてくださいと言っているようなものだ。
 
「どうすれば傘を忘れなくなるだろう」
私はずぶ濡れと不本意な傘の購入を防ぐ手立てを考えた。忘れないように気を付ける。これはいわゆる決意を新たにするというやつで、実はなんの効果もない。忘れたくなくてもさんざん忘れてきたのだ。忘れ物に限らず、なんにせよ決意を新たにするというのは無意味だ。
 
ヒューマンエラーが起きた時、このようなことがないように以後気を付けます、などというのは、気休めで会って、解決ではない。再発しない対策を取らなければ、ほぼ確実に何度でも同じことが起きる。気合で、集中で、いくら防ぐといっても、エラーが起きるシステムの上では人間はあまりにも無力だ。10回に1回でも条件がそろえば失敗する可能性があれば、それは解決ではない。私は100%有効な解決を求めていた。
 
私は駅ビルに行った。カラフルでコンパクトな折り畳み傘を二つばかり買った。駅についたら傘は折り畳み、袋に入れてバッグに収めるのだ。これなら、手を離す心配もない。つり革を持つときに人様に傘からたれる水をつける心配もしなくてよい。少々の雨なら、折り畳み傘でも特段問題もない。メリットしかないではないか。正に完全無欠な解決策だ。
 
当然ながら、折りたたみ傘には折りたたむというひと手間が加わる。駅に着くたびに、傘をたたんで丸めて止める。大人の私が自発的にやるならなんでもない。傘のひだを一つずつ整えてたたむという動作。その記憶は鮮明で、確実に傘をバッグに入れたことを記憶できる。その面倒な工程を敢えて選ぶことで、私は傘問題を本当の意味で克服した、ともいえる。もちろん切り替えてこのかた、電車で紛失したことはない。
 
味をしめた私はもう一つの問題に取り組んだ。駅で切符を買おうとしてお財布がないのに気づく、というやつだ。年に一度もないかもしれないが、電車を目前にして引き返すのは本当に時間のロスで、なにより疲れるしメンタルにもくる。心がける、では当然だめだ。
 
またも私は駅ビルに行き、安価なお財布を買った。
それまでは、仕事用のバッグ、プライベート用のバッグ、それぞれお財布以外のものを入れていた。出かける朝、唯一のお財布を入れて完成するように。いや待てよ、このような用意の仕方だから、財布を入れ忘れるのだ。一つのバッグと決まっていれば入れ忘れるはずもないが、入れたり入れなかったりするから忘れるのだ。だから、駅ビルで買った第二のお財布を明日使う荷物にあらかじめセットしてしまうのだ。
 
都内に住む私が半日ほど外出するなら、交通費と軽い飲食で3000円もあればゆうに足りる。とりあえず3000円あれば、家に戻る必要はなくなる。
 
これも上々で、お財布を取りに帰ることは撲滅できた。それどころか、出かける前に3000円の入った第二のお財布を、メインのお財布と入れ替えていくことまで可能になった。
 
「いつも忘れちゃうのよねえ」
こういう言葉を口にしていたら、決意を新たにして対処することをあきらめ、限界を認めて、無欠の解決をとればいいと学んだ。なにより一生そのトラブルから解放されるし、忘れ物よりも大きな問題も、新しい発想で対処できるようなれる気がする。 

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2018-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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