メディアグランプリ

塾はお笑い劇場


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【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:末原静二郎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ほ・ん・ま・る・は・げ・か」
 
「あかん、あかんこえがおおきい! そんな大声言ったらあかん」
 
教室の中は、一体感と熱気を帯びていた。みんなわらうわらう。
ざわざわしている教室に向かって、人差し指一本を口元にあて、
「しっ!」と構える、30前後の女性。
 
今、彼女の立場に立って考えると、よくわかる。これはいけない事態だ。
 
ただ当時小学生だった私は知る由もなかった。自分も他の生徒に負けるものかと大声を張り上げた。
 
小学5年生から2年間、私は中学受験のために塾に通った。いわゆる進学塾。週4日か5日ほどある地獄のような場所、と最初は思っていた。
 
中学受験をしたのは親の意向でもなく、自分の意思だった。むしろ親は兄の失敗をみて中学受験を勧めなかった。
 
それでも、自由が売りの、ある中高一貫校に憧れを抱いて中学受験を決意し、塾に行くことを決めた。
しかし、何軒か入塾テストを受けたが、どの塾も
 
「今からだと、志望校のワンランク下がいいところですね」
 
といってきた。小学5年生での入塾は中学受験界では遅い方。私の要領上、亀であることはわかっていたが、現状はウサギになることを求められた。
 
でも、できる自信があった。あきらめずに、望み通りの志望校設定をしてくれる塾を探した。
 
そして、ひとつだけ、望み通りやらせてくれるところがあった。大手中学受験校、N。ここは一番上のクラスに入れてくれた。
 
ほぼここの塾に決めていたが、無料だったので体験授業を受けることにした。
 
初めての、塾という空間。
小学校のクラスメイトが3,4人いたにはいたが、ほとんどは初対面。
しかもそのクラスほとんどが1年以上授業を受けてきている。否が応でも緊張する。
 
そんな中で一番前の、壁側の席に座った。みんなおそろいのノートにおそろいの教科書、そしてかの有名なおそろいのカバン。
 
アウエー感が半端ない。でも、転校生の気分で「しかたない、しかたない」
とおもいながら、授業が始まるのを待っていた。
 
しばらくしてから、ガラガラ、とドアが開いた。先生の登場だ。
 
「こんっばんっわー」
 
かすれた低い声が教室に響く。
 
ひょろりと背が高くて、丸い眼鏡をかけた男。鼻の下だけに固そうなひげが生えている。
 
骨ばった、少し荒れている手はすでにチョークにまみれ、指の先にはプリントをめくるためのゴムががついていた。
 
入り際とは対照的に、高い声で話し始めた。
 
「今日は新入り君がいるみたいだね! よろしく。ぼくは算数を担当する五島だ。ごっしーと呼んでくれ」
 
唐突に話し始めた巨人は、黒板に「ゴッシー」と汚い字で書いた。
 
これが私のはじめての、「塾の講師」との出会いだった。
 
ゴッシーは、文字通りマシンガンのように話した。
猛烈にしゃべり、猛烈にチョークを動かし、猛烈に黒板を消した。
 
衝撃的だった。
 
今まで出会った教師はみなどこか「落ち着き」があった。
全体を見渡しながら、遅れをとっている子はいないか、探しながら授業を進めていたからだ。
しかしゴッシーは違った。もちろん、ついてきているか確認しながら話していたが、猪突猛進という表現がぴったりで、気を抜く隙をこちらに与えなかった。
 
なんといっても、かれは小学生を笑わすのにたけていた。
 
「三角形の周りを、円が転がる。その円が通ったところの面積を求める問題」
 
字面だけ見ても、小学生が解きたくなるような文章ではない。
 
今でも、覚えている。ゴッシーの教え方。
 
まず、この円を「トムとジェリーの」トムにたとえた。
 
「円は三角形の上を転がっていくよねー、そしたらさきっぽまで来たらどうなる?
 これ、トムだったらこうやって(口に手をあて、あわあわした表情で)ひゅーん! て
 落ちていくよね、違うでしょ、そのまま円はそっていきまーす」
 
トムが崖から落下するシーンを表情豊かに再現する。
これがもう爆笑。教室中が笑いにつつみこまれる。
 
私も腹を抱えて笑った。そして思った。「塾ってこんな楽しいところだったんだ」
 
私は家にかえって母親に報告した。塾の楽しさ、驚き、そして刺激を。
そして私は晴れて塾生になった。
 
塾にかよって、勉強というものが、今までとは違うものになった。
家で、親に言われた通り教科書をやるのは苦痛だった。
 
塾は、私にとって、お笑い劇場だった。
 
そこには小学生を笑わせるプロがいる。そのプロのお笑い芸人が勉強を教えてくれるのだ。
 
冒頭に出てくる女性は、理科の山田先生だ。表情豊かで、まるで女芸人ような体のはり方で笑いを取っていた。
 
でも、一つ一つの笑いには、「学び」があった。
「本丸先生(仮名)」という、頭の毛が薄いことで小学生から人気だった先生をもじった、地層の覚え方。(後で本人に謝っていた)小学生が覚えやすいように、最大限に工夫されていた。
 
その後の人生で、私は勉強することに抵抗がなかったのは、この塾での体験が大きい。
あれから14年たっても、相変わらず塾に通っている。
これからもずっと、あの体験が私の勉強の姿勢を支えてくれるだろう。

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2018-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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