柚餅子のバイト店員さんからの学びを胸に、転職の面接に臨む!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:津田智子(ライティング・ゼミ日曜コース)
東京駅に着いたのでリュックを背負って電車を降りようとすると、パチッ!
何かがはじける音がした。 んっ?
慌ててリュックを座席に置いて確認すると、ショルダーハーネス(肩掛け部分)の下のヒモがちぎれている。つまり、右肩は背負えない。まさかの事態に一瞬、頭が真っ白になった。とりあえず左肩だけ背負い、右側はショルダーハーネスを手で押さえながら大慌てで電車を降りた。
3連休初日の早朝、私は福島県の中央にある安達太良山に向かっていた。高山のチャレンジは10カ月ぶり。今年初の単独遠征に気持ちは高ぶっていたが、家を出発して1時間もたたずして災難に見舞われた。これまで10回以上、一人であちこちの山を踏破してきたが、リュックの故障は初めてだ。どうしたものか?
手でハーネスを握り続けていれば肩に負担はかからない。しかし、3日分の装備を詰め込んだリュックを手で支えながら2000メートル級の山を登るのは無謀すぎる。実際、山手線のプラットホームから新幹線のホームまで駅構内を移動するだけでも、かなり難儀した。
誰か、こういうときの対処法を知らないだろうか? 新幹線のホームで登山者らしき男性を見かけたので、「すみません。リュックのヒモが切れてしまったのですが、対策をご存知ですか?」と訊いてみた。男性は「さあ、ぼくは今までそんな目に遭ったことがないので……」と、困った表情をしている。「そうですよね。失礼しました」
新幹線に乗ると、通路側の席に腰掛け、隣の空席にリュックを置き、ちぎれたヒモを何とかリュックの下の方についているほかのヒモと結び直そうとしたが、徒労に終わった。いったんちぎれたヒモは少し引っ張っただけでボロボロと崩れ、粉々になってしまうのだ。こうなると、もう手の施しようがない。
「こんなにヒモが弱っていたのに、どうして荷造りしている段階で気づかなかったのか……」自分の不注意を悔やむが、後の祭りだ。
ため息をつきながら、思わず窓際に座っている見知らぬビジネスマンにも尋ねてみた。「これ、見て下さい。何か良いアイデアないですか?」ビジネスマンは露骨に迷惑そうな顔をして、そっけなく一言「さあ……」。予想通りの冷たい反応だ。
郡山駅に着く直前、山の格好をしたカップルが降車口にいたので、性懲りもなく相談してみた。とても親切な人たちで、親身になって考えてくれたが、対処法は出てこなかった。
郡山で在来線に乗り換えるが、待ち時間が1時間半ほどある。「この時間内に何とかせねば」郡山駅構内に柚餅子屋があった。まだ朝早いので客はいない。店員さんは閑そうだ。大学生のアルバイトらしき若い女の子だから期待はできないが、こうなったら誰でもよい。乗り換え時間はたっぷりあるのだから相談してみよう。
「すみません。リュックがこんな状態になってしまったのですが、どうしたらいいでしょうか?」
色白のかわいらしい女性はカウンターから出てくると、私のリュックをチェックした。「あ、なるほど」と言うと、レジ袋を折り畳み始め、あっという間に3センチ幅のヒモのようなものを数本作った。「応急処置ですが、何とか背負えるようにしてみますので、リュックを下ろしてもらっていいですか?」
柚餅子の店員さんがリュックを修理? 自分で頼んでおきながら、私は予想外の展開に唖然としていた。
店員さんはレジ袋のヒモの片方をショルダーハーネスに付いているバックルに、もう片方をウエストポーチのバックルに通して固く結んだ。なるほど! すごい、すごすぎる。これで肩と腰が見事につながるではないか。
私は店員さんのアイデアと修理能力に驚き、「店員さんは山ガールですか? どこでリュックの修理方法を学んだのですか?」と矢継ぎ早に質問した。
「山は登りませんが、小さいころからキャンプにはよく行っていました。郡山は県内の山への中継地点ですので、ここで仕事をしていると、いろんなことを訊かれるのです。手袋やライトなどの装備を持ってくるのを忘れたとか、登山靴の靴底がはがれたとか……。お客様のようなリュックの相談も日常茶飯事です。このくらいは自然とできるようになりました」
「ほお~」私の口からは感嘆詞しか出てこない。
彼女はレジ袋の上にガムテープを巻いて補強し終えると、「ただ、これは応急処置ですから、長くは持ちません。駅を出てすぐ左側にヨドバシカメラがありますから、麻ヒモを準備しておいた方がいいかもしれません。もしくは、ヨドバシカメラの上にスポーツ用品店もありますから、リュックを買い替えるという手もあります」と、私が残り1時間でできる選択肢をすべて与えてくれた。
背負ってみると何の違和感もない。あらためて右下のレジ袋ヒモとガムテープの部分を見る。しっかりつながっている。ばっちりだ。私は小躍りしながら店員さんに握手を求めた。店員さんは私の手を握ると「どうぞ楽しんで登ってきてください」と笑顔で答えてくれた。
山に入ってからは3日間、何度もリュックを背負ったり下ろしたりしたが、レジ袋はほどけも切れもしなかった。天気にも恵まれ、とても気持ちよく山を歩くことができた。あの店員さんのおかげだ……。
柚餅子の店員さんは柚餅子を売るのが仕事だ。登山客の相談係ではない。それにもかかわらず、彼女は何の見返りも求めることなく、困っている登山客を救助している。彼女の技術や情報、アイデアに感謝感激し、彼女のおかげで事なきを得た人は全国各地に大勢いることだろう。
思い返せば、私は社会人1年目で上司に「レポートを書くときは、読み手がどんな情報を求めているかを考えながら書きなさい」と忠告された。その後、30代前半では「津田さんなりの相場観を養いなさい(証券市場のトレンドを読みなさい)」、40代に入ってからも2社で合計4人の上司に「時間と労力を無駄遣いしている。仕事が空回りしている」と叱られた。
そのたびに「以前よりケアレスミスは減ったと思いますが……」「自分なりに頑張っているのですが……」と言い訳し、そのたびに「あなたはプロでしょ。ミスをしないのは当たり前」「頑張っているのはわかるけど、成果が出ていない」と呆れられた。
私に圧倒的に足りないのは、相手の視点に立つということだ。いつも自分のことで手いっぱいで、「私はこんなに頑張っているのだから」という意識が強すぎる。結果、周りのことが全然見えていない。柚餅子の店員さんの爪の垢を煎じて飲む必要がありそうだ。
最終日の3日目。再び郡山駅に到着すると、私は構内の柚餅子屋に直行した。2日前と同じ店員さんが接客中だった。よかった……。前のお客さんがいなくなると、私は店員さんに「2日前に結んでもらったヒモ、ずっと大丈夫でした。本当に助かりました! ありがとうございました」と報告し、柚餅子1箱を注文した。
周囲の人を幸せにし続けていれば、仕事の成果も上がるはずだ。私の転職活動も4カ月目に入った。柚餅子の店員さんから学んだ教訓「相手の視点に立つ」。これを肝に銘じ、真夏の就職活動にいざ出陣!
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