PENTAXがぼくの先生だった。
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記事:木村善則(ライティング・ゼミ特講)
2008年、夏。突然、カメラが起動しなくなった。CANONのPowerShot A85。成人式用に買った、はじめてのカメラだった。
ぼくはこいつを持って北海道を自転車で走りまわり、フィンランドに行って、ネパールに行った。知識とかスキルがなくても、とりあえずシャッターを押せば、それなりに撮ってくれるカメラだった。そのくせちょっと多機能で、シャッタースピードをいじったりもできて、わけのわからない機能にちょこっと手を出しては撮れた写真を見てはしゃいでいた。子供がおもちゃで遊ぶような感覚だったと思う。バカみたいに意味のない写真を量産していた。
そんな相棒が、突如として動かなくなってしまったのだった。大学生だったぼくは、新社会人になっていた。
こいつが壊れたら、次は一眼レフを買ってみようと心に決めていた。決めてはいたが、別れがいきなり過ぎた。心の準備ができていない。カメラを勉強したわけでもなく、何から手をつけていいかもわからない。
OLYMPUSは宮崎あおいが可愛いし、Nikonは木村拓哉がカッコいい。オサレでモテるのはOLYMPUSかなぁ、ってなぐらいの頭しか持っていなかったのだ。ビックカメラの店員にとってはいい「カモ」だったのだろう。
「オススメは、PENTAXですよ。高機能だし、単三電池式なんで旅先でバッテリー切れたときも便利です。キャッシュバックキャンペーンもやってますし」
「え、そ、そうなんですか」
旅先でバッテリー切れになったことなんてないのに、なんだか単三電池式は魅力的に見えた。お金もなかったから、キャッシュバックもありがたかった。
「お買い上げ、ありがとうございますー!」
勢いで買ってしまったのは、PENTAX K200Dだった。
こいつじゃなかったら、こんなに苦労することはなかっただろう。でも、こいつがいなかったら、ぼくは今、カメラを持っていなかったかもしれない。
なんと言っても、一眼レフである。憧れの一眼レフである。ドキドキワクワクしながら、箱を開け、最初のシャッターを切った。
ガッシャ。ちょっとどんくさいシャッター音が鳴り、プレビュー画面に画像が映し出された。あれ? ガッシャ。うーん、こうかな。ガッシャ。えっと、どう使うんだろう。ガッシャ。
なんか、こう、おおっ! っていうのがない。認めたくはないけど、だけど、キレイに撮れない。てか、CANONのPowerShotの方がキレイな写真撮れてたよ、ね。どういうことだろう。ガッシャ。
要は一眼レフなのに、全然うまく撮れないのであった。思ったように撮れない。いい感じの写真になってくれない。社会人になってから、イベントや勉強会で撮影係になることが増えてきていた。一眼レフを持ってるからには、それなりにいい写真を撮ってくれるのだろう、という周囲の期待が背中にのっかることにもなった。でも、撮れるのは中の下ぐらいのそれなり写真ばかり。オートに任せきりだったからだ。
何度もの失敗を経て、ぼくはPENTAXのオートに見切りをつけた。シャッタースピードも、ホワイトバランスも、ISOも、カメラに任していては駄目だ、ということに気づいたのだ。ちょっと暗いとピントも合わせてくれない。そんなら、もう、自分でやるしかない。
いつからか、カメラのモードは「マニュアル」固定になった。イベント会場に入ってから何度もシャッターを切り、プレビューを見ながら設定を調整するようになった。この程度の照明なら、F値とISOをこれぐらいに設定して、シャッタースピードはこんぐらい出せるかな。こっちのアングルだと窓から光が入ってきて逆光になるから、シャッタースピードを遅くしてしまおう。
最初のうちは外してばっかりだったが、ごくまれに大当たりが出ることもあった。これはいいなぁ、と自分でも思える写真が、少しずつ少しずつ、出てくるようになったのだ。当たりが出ると、素直に嬉しくなった。自分の力で撮っている感があって、撮影がぐんと楽しくなった。オートより、断然マニュアルの方がおもしろかった。
うまくなっていく実感は、うまくなろうとする気持ちを加速させる。自分で勉強するようにもなったし、写真がうまい人に話を聞くようにもなった。「ホワイトバランスは薄いグレーで合わせるといいよ」「フラッシュは直接あてない方がいいよ」「単焦点のレンズを1本、持っておくといいよ」
そして、ずぶずぶとはまり込んだぼくは、今でも楽しくカメラと遊んでいる。高性能なカメラ、勝手にキレイな写真を撮ってくれるカメラに出会わなくて、本当によかったと今でも思う。使いにくいから、工夫する。工夫するから、うまくなる。PENTAXが教えてくれたことだ。ぼくにとっては、PENTAXがカメラの先生だった。
だから、写真がうまくなりたいという後輩には、こう言うことにしている。「あんまり使いやすいカメラを持たない方がいいよ」、と。
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