メディアグランプリ

「今、とりあえず」を大切にすることから始めよう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岩本義信(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「A君が亡くなった……」
 
2年前の秋のこと。
その訃報は、友人からの電話の形で突然やってきた。
 
携帯電話を耳に押しあてたまま、しばらく何も言えなかった。
悲しみよりも、ただただ自責と後悔の気持ちで、何も言えなかった。
 
もしかしたらA君が死んでしまうかもしれないとは思っていた。だからこそ、決してそうなってほしくないと願っていた。しかし、訃報という形でそれは現実になった。
 
A君は大学時代のクラスメートだった。サークルは別だったが、なぜか気の合う仲間で、社会人になってからはお互いの近況を話し合う関係を続けてきた。
 
同じ会社に勤める大学時代の友人から聞いた話では、A君は同期入社の中で出世コースのトップランナーだった。同期の中でもっとも早く部長に昇進したが、そのことについて誰も異論は挟まないし、妬むものもいなかったらしい。
 
というのも、A君は管理部門か事業部門かに関わらず仕事ができたのはもちろんのこと、明るくさばさばした性格で、社内の幹部、上司からの評価は高く、部下からも慕われていた。同期の中でも人気者で、営業マン時代は客先からの覚えもめでたかったようだ。
また、仕事だけでなく、地元の高校の長距離走の記録保持者で、いまだにその記録が破られていないほどスポーツマンでもあった。
家族も美人の奥さんと二人の子供さんに恵まれ、幸せな人生を送っていて、これからも送るはずだった。
 
でも、それは叶わなかった。
彼のこれからの幸せな人生を奪ったのは、こころの病だった。
 
A君は日々の激務と関係各社の利害の板挟みにあい、精神的に苦しんでいたらしい。
 
徐々に会社を休みがちになり、途中から全く出社できなくなった。
A君の状態がすこし改善していたころに、自宅に伺って話をした。
 
「医師からはまだ出社しないようにと言われているけど、少しずつでも出社して早く元通り仕事がしたい。そのために、まずは食べて体重と体力を戻さないといけないんだけどね」
「そんなにあせらないで、今はゆっくり静養することに専念しようよ」
復帰への意欲を見せてくれていたので、状況は悪くないと安心したが、その後A君はまた長い休みに入ることになった。
 
「最近、調子はどう? 気が向いた時でいいから返信してね」
それからしばらくして、A君にメールをした。
しかし、彼からの返信はこなかった。
何日待っても。
後から聞いたところでは、その頃、A君は既に自宅ではなく病院に入院中で、パソコンを見れる状況ではなかったらしい。
 
 
自分はうつを経験したことがある。
うつのつらさ、しんどさはよくわかる。うつは人から正常な判断能力を奪ってしまう。
また、妻がうつになったこともあり、家族がそうなった時の家族のつらさ、大変さも実感としてよくわかる。
経験者だからこそ言えることがある。だから、自分はA君や奥様の力になりたかった。
 
メールが読んでもらえなかったので、手紙で「復帰を待っているよ」と伝えたいと思った。奥様にも、「決して思い悩むことはないですよ。A君は必ず治りますよ」と励ましの声をかけてあげたいと思ったが、結局できなかった。
 
いや、正しく言うなら、しようとすればできたのに、しなかったと言わなければならない。
 
仕事と時間に追われる毎日の中で、A君に手紙を書くことを先送りにした。
通勤の途中や会議の最中に、「手紙書かなきゃ」と思い出すことが何度かあったが、目先の忙しさにかまけて、「今でなくてもだいじょうぶか」という、もう一人の自分がささやいた。
 
あの時、とりあえず、A君の住所を調べておけば。
あの時、とりあえず、レターセットを買っておけば。
あの時、とりあえず、いろいろ書こうとせず、「最近、どお?」の一言だけでもいいから書こうとしていれば。
 
実際に自分が手紙を送っていたところで、この現実が変わったかどうかなんて誰にもわからないし、そんな力が自分にあるとも思っていない。しかし、手紙を出していれば、この現実を変えられた可能性はゼロではなかったはずだ。
A君や奥様にとってわずかばかりの心の支えになれたかもしれない。
 
 
友人からの電話を切って、何もしなかった自分の愚かさが心底嫌になった。
 
自分にとって本当に大切なことは仕事だったのか? 心を病んだ友人への励ましの手紙1通を書くことより、目先の仕事の方が大事だったのか。仕事に追われる毎日で、自分にとっての優先順位を考えることを忘れていたのではないか。
悔いても悔いきれない。
残された奥様、子供さんの悲しみたるや思うだけで心が苦しい。
 
本当に大切なこととは、時間や手間をかけて大々的に作り上げることだけではなくて、時を逸することなく「今、とりあえず」をどれだけ実行できるかではないかと思うようになった。
 
心配で気になっている人には、とりあえず声を掛けてみる。
一緒に酒を飲みたいと思っている人には、とりあえず飲みに誘う。
ありがとうを言えていない人には、とりあえずありがとうと言う。
ごめんねと言えていない人には、とりあえずごめんねと謝る。
 
そして、自分にとって本当に大切なことは何かを考える時間と精神的な余裕を意識的に持つようにしたい。
二度とこんな悔しい思いをしないために。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/54525

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事