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メディアグランプリ

箱根温泉が刑務所のように感じた1か月


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:かい(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「失礼しまーす」ではなく、「失礼します」と言ってください。
私より10歳年下の女性で社員2年目の田中先輩はとても厳しく、接客における言葉遣いはもちろんのこと少しのミスも見逃さず注意してきた。
「申し訳ございません」
もう何回目だろうか……。
30歳の私はひょんなことから、箱根にある旅館の料亭でホールスタッフとして住み込みのアルバイトをすることとなった。
 
アルバイトを始めて1週間は、料理の名前や提供する順番や接客方法など、覚えることがかなり多いため、1日に何度もミスを犯してしまう。
そのたびに田中先輩は、私に厳しくミスを指摘してきた。
ミスを恐れるあまり、またミスをしてしまう、そんな悪い循環に陥っていた。
 
ちょっとした興味本位で、旅館の住み込みアルバイトに応募したことが全ての始まりであった。
5年勤めたメーカーの会社を退職し、1か月の有給休暇が残っていた。
メーカーでは営業人員として、企業向けに飛び込み商談や新規提案をしていた。
そのため、最終のユーザーと接する機会が無かった。
改めて最終のユーザーと接する機会を持ちたいという安易な考えから、旅館で接客業を経験することとなる。
 
しかし、箱根に来たことを後悔するまでに時間はかからなかった。
勤務時間は朝6時から夜10時まで。
休憩時間を除くと1日10時間程度の労働時間である。
また、住み込みといっても、旅館に泊まれるわけではなく、六畳一間のユニットバス付アパートのため、勤務期間中、温泉に入れることは無かった。
働き始めると、想定以上に業務量が多く、一人で4グループのお客様を担当した。
お客様の食事の進み具合を観察しながら適切なタイミングで料理を提供することがかなり難しかった。
毎日、優雅に接客して、仕事終わりに美味しい食事と温かい温泉に浸かって疲れを取る。
箱根に来る前はそんな淡い期待を抱いていた。
期待は裏切られる一方であった。
 
1日の仕事が終わるとへとへとになりアパートに戻ってシャワを浴びてすぐに眠る。
すぐに朝が来て、5時半に起床し、簡単な朝食を取って出勤する。
そんな日の繰り返しであった。
仕事に慣れるまでの2週間はとても長く感じた。
社員のほとんどは、1~3年目の若いスタッフが多く、年齢は20歳前後であった。
やはり、一番きついのは、自分より10歳年下の社員たちに厳しく怒られることであった。
年齢はもちろん、社会人歴や学歴は私の方が確実に上であるが、この場所では私の経歴は全く通用しなかった。
1か月という期間を乗り切るには変にプライドを持たないことが重要であった。
 
住み込みのアルバイトを始めて2週間後の週末、都内で資格試験を受けるために2日だけ休みをもらい、東京に戻る機会があった。
ただ、いつも住んでいた東京に戻るというだけであったが、言葉では表すことが出来ないほどの「解放感」であった。
言うなれば、刑務所から2日間だけ出ることを許されて、シャバの世界に一時だけ戻れるような気持ちであろうか。
資格試験は半日で終わったため、その後は自由であり、何をするのも楽しかった。
スーパーに買い物に行くこと、近所のカフェに行って本を読むこと、友人と飲みに行くこと。
そんな自由な時間もあっという間に過ぎ、また、箱根の旅館に戻る日が来てしまった。
「残り2週間……また、過酷な日々が始まる」
一般的に箱根に行くといえば、旅行気分でウキウキ気分のはずなのに、旅館に働き行くというだけで、こんなにも箱根へ行く気分が違うものかと悲しくなった。
 
そして、戻った日の翌日から、朝6時から夜10時まで働く過酷な生活が始まった。
幸い仕事は慣れてきたため、厳しい田中先輩に怒られる機会は減った。
しかし、提供するメニューが変わるごとに、料理の名前を覚え直す必要があり、ミスを犯してはいけないというプレッシャーから解放されることは無かった。
 
何とか、日々耐え抜いて、ついに残り10日を切った。
その日から、毎日、終わりまでの日数をカウントダウンしていた。
「あともう少し……もう少しで自由になれる」
東京での自由で快適な生活を思い描きながら耐え続けた。
 
待ちに待った最終出勤日。
「遂に来た、今日で全てが終わる!」
いつも辛かった業務も、最終日だけは意気揚々と楽しく取り組めた。
 
そして、夜10時の退勤時間がやって来た。
最終出勤日だったため、お世話になった10歳年下の社員の皆にそれぞれ挨拶をした。
 
特に厳しかった田中先輩は
「本当に成長しましたね、一緒に仕事していて楽しかっただけに残念です」
と言葉をかけてくれた。
いつも怒られてばかりであったため、嫌われているとばかり感じていたが、実は逆だったのかもしれない。
私としては想定外の言葉であったため、少し寂しくなってしまった。
私は、「1か月という短い期間でしたが、お世話になりました」
と 服役を終えた囚人のように、看守に最後の言葉を残し、光り輝く東京というシャバの世界に戻っていった。

 
 
***

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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