メディアグランプリ

洋服が決める「私」の在りかた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福井裕香(ライティング・ゼミ朝コース)
 
 
母になったから、もう服は「しまむら」でいいと思っていた。
 
出産を機に、私は専業主婦になった。
夫は、月の小遣いも、専業主婦にしてはきちんともらっていると思う額を設定してくれていた。
自分に稼ぎがないから、という後ろめたさはあるけれど、夫が主婦としての働きを認めてくれているのはありがたかった。
 
OL時代、既婚の男性の後輩Kが「月の小遣いが1万円で厳しいっす」と言っていたのを思い出す。ランチ代や飲み会もあるはずの30代男性と、外食といえば子どもをあやしながら片手で持てるパン、の専業主婦。
それぞれの家庭事情はさておき、後輩Kには「ごめんね」と思ってしまう。
 
それなのに、もう服は「しまむら」でいいと思っていた。
金額の問題というよりも、「気持ち」の問題だった。
そして「機会」の問題だった。
 
赤ちゃん期から徐々に活発な幼児へと成長していく息子と過ごす日々の中では、洋服選びの基準は美しさよりも、とにかく耐久性を最優先にしていた。
動きやすいこと・汚れてもいいこと・洗濯に強いこと・毛玉ができにくいこと。
 
洗濯機任せで洗えなくてはいけない。手洗いするのはもっぱら息子の食べこぼしや粗相で汚れたTシャツ・パンツ・ズボン。
自分の洋服をおしゃれ着用洗剤で丁寧に手洗いしている余裕がない。
 
一度、久しぶりに独身時代に好きだった洋服屋でニットのセーターを買ったことがある。
 
「毛玉になるかな……」
 
買う時点でかなり迷った。それでも、どうしてもニットを見てワクワクする気持ちを抑えられなかった。それに、周りのママたちは子育て中でもおしゃれしているじゃないか。ニットにスカート、ブーツだって履いている。私だって!
 
買った時は本当に嬉しかった。見ているだけでワクワクしていたから、袖を通して鏡の前に立ったら嬉しくて仕方なかった。でも、結果は残酷だった。
 
一度ニットを着て息子を抱っこして出かけたら、あっという間に毛玉ができてしまった。
毛玉ができることは想定の範囲内。事前に「ニットのお手入れの仕方」というWEBサイトを見て対策は頭に叩き込み、完璧のはずだった。
 
ただ一つ、その対策を「実行する時間」を考慮していないこと以外は。
 
家事育児にてんやわんやして、子どもにすら十分に手間をかけられない時もある自分が、ニットのセーターに手間をかけたお手入れなんてできるはずがなかった。洗濯機の手洗いモードで回した結果、ニットの毛玉は、私のモヤモヤと一緒に増えて膨らんでいくばかりだった。
「私にはもうニットを着る資格はないのかもしれない」という気持ちにすらなった。
 
それからより一層、服を選ぶことに興味がなくなってしまったせいで、私の服選びは迷宮に入ってしまった。それは、恋の仕方を忘れてしまった女性のようだった。
 
ただ「彼氏が欲しいから」と、ほとんど話したこともないのに「とりあえず付き合ってみればわかる!」とバタバタと行き当たりばったりで初めてみるものの、「なんだかズレてる気がする……」と、早々に別れを決める。昔の彼を引っ張り出し、未練がましく「まだ大丈夫かしら」と連絡を取ってみるけれど、やっぱり合わない。
 
こんな負のループに陥り、自分への自信がどんどんと削がれていってしまった。
 
「『年齢相応』なんて言ったって、そもそも、30代半ばの女性向けのファッション雑誌選びすら、難しいんだ!」
 
半ば逆ギレだった。
 
長らく完全に自分を見失い、洋服ジプシーに陥っていた私だったが、ついに脱出する時が来た。
 
変化したのは、とあるNPO法人の活動に参加することになったのがきっかけだった。活動の中で多くの女性と出会い、深く関わるようになり、私は多くの影響を受けた。独身時代は男性ばかりの職場で、女性の先輩というのはわずかだったから余計にその影響は大きかった。
 
年齢相応なんて関係ない。ファッション雑誌なんて関係ない。環境なんて関係ない。
自分の中にある指針で、美しく、楽しく、服も人生も選んでいるたくさんの女性たちの姿を私は見た。
そんな女性を、美しい、うらやましい、自分もそうなりたい、と思うようになった。
 
そこにあった答えは、「自分」だった。
 
初めに自分に課していた「洋服選び」の条件が、いつの間にか自分自身に制限をかけていた。
汚れても大丈夫じゃないといけない。すぐダメになっちゃうから、いいものは買えない。
 
母親だから。
 
「母親」という縛りからいつのまにか抜けられなくなっていた。洗い方を失敗したニットのセーターが縮んでしまうように、私自身もまた、失敗を重ねるたびに恐れて、いつのまにか縮こまっていた自分。
でも、本当は、一人の女性として洋服を楽しみたいと思っていたのだ。
 
洋服選びの基準が大きく変わったわけじゃない。公園で子どもと泥んこになって遊ぶときは、もちろんTシャツ・ジーンズ・スニーカー。それに、息子を自転車で幼稚園に送る時のパンツスタイルも鉄則だ。一方で、息子が大きくなって抱っこをしなくなったら、ニットにも毛玉ができにくくなったことにも気がついた。
仕事やここぞというお出かけの時はスカートに履き替える。戦闘服に身を包まれ、「母親ではない、一人の女性としての私」が覚醒する。
 
人はいつだって、どんな環境だって、なりたいものになれる。自分が「こうありたい」、そういう「気持ち」さえあれば。
今、私は人生を選ぶような気持ちで洋服を選んでいる。
 
もう1年、しまむらには行ってない。
 
 
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2018-08-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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