メディアグランプリ

「二度と怒らない」と決意した朝


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ朝コース)

 
 
しまった。一瞬うたたねした。プレゼン当日、徹夜して帰ってきた朝8時。すぐ家を出なければいけないのに。急がなければ。
 
私の家は、最寄駅から15分は歩く。だが、山手通り沿いだから、タクシーならつかまりやすい。慌てる私の目の前に、ルパン3世を乗せる不二子ちゃんのように、1台のタクシーがスーッと止まった。「高田馬場まで、お願いします」
しかし、これが事件の始まりだった。
 
ウチから高田馬場へは、山手通りを左に曲がり、新目白通りにでる。しかし、タクシーは曲がるべくところを、曲がらずに、山手通りをまっすぐ行ってしまったのだ。
「あーーーーーっ。それはダメです」 思わず叫んだ。
 
まっすぐ行ったら、渋滞に突っ込んでしまう。すべてが、終わった。
 
私の計画は、こうだった。高田馬場まで7分ほどタクシーに乗り、JRを乗り継いでいけば間に合う。しかし、渋滞に巻き込まれたら、もう高田馬場からの電車では間に合わない。
 
仕方ない。プレゼン会場までタクシーで行こう。高速を乗り継げば、なんとかなる。大きく息を吸い込んで、行き先を告げた。
 
「川崎まで」
 
山手通りの上の方から、川崎まで、だ。10000円は超えるだろう。でも、ほかに選択肢はなかった。
「なぜ、新目白通りで曲がってくれなかったんですか。急いでるからタクシーにに乗ってるんですよ。間に合わなかったら、仕事どうしてくれるんですか」
さすがにぶちギレた。
 
運転手さんは、泣きそうな声で言った。
 
「すみません。いつも私、まっすぐ行っているもので」
 
「この時間渋滞してるに決まってるのに。まとにかく高速に乗ってください。間に合うかもしれない」
 
渋滞というのは、人を苛立たせる。しかも、寝ていないおじさんというのは、どこまでも意地悪になれるものである。
 
「運転手さん、そもそもあなた、私が道を指示するまえに、走り出して、勝手にまっすぐ行ったじゃないですか。おかげで、1000円弱で行くところを10000円超えますよね。これじゃ、詐欺ですよ」
 
大事なプレゼンを前にして、この事態に思いつく限りの悪態をついた。
 
山手通りを新宿近くまで下り、高速に乗った。2つめの事件が起こった。
 
「ああああああああーっ」
また、私は叫んでいた。
 
首都高速の4号線に乗ってしまったのだ。川崎に行くはずが、高井戸に向かっている。運転手さんは、震えながら言った。
 
「すみません。動揺してしまいました」
今度こそ、間に合わない。ひとまず、一緒に仕事をしているスタッフに電話した。
 
「申し訳ありません。プレゼン間に合いません」
理由を説明しながら、悲しくなった。
 
「タクシーが曲がり角を間違えて、渋滞に巻き込まれまして。高速乗ったんですが、高速の路線を間違えました。とにかく向かいます」
 
川崎は1号線である。新宿方面から代々木を越え、渋谷を越え、ひたすら走る。
が、もう、タイムアウトだった。プレゼンの時間、10時になっていた。
 
道を間違えたのは、運転手さんだが、二度目の間違いは、私が怒ったからだ。正しい怒りとはいえ、それでさらに傷口を深くしたのだから、自業自得だ。朝までかかったプレゼン準備も、ふいにしてしまうし、プレゼン獲得もできなければ、10000円どころか、何十万という損失だ。あーあ。
 
そこに、電話がかかってきた。
 
「実はさあ、プレゼン始まらないんだよ」
 
「えええ?」
 
「クライアントさんのが遅れてるみたいなんだ。間に合うかもしれない」
 
なんということだ。あきらめずに、行こう。しかし、二度あることは三度ある、という諺もある。落ち着いて運転してもらおう。さっきまでの悪態とは180度物言いを変えた。
 
「さっきは、きつい言い方をしてすみません。まだ間に合います。お願いします」
 
「あ、は、はい」
まだ運転手さんは、動揺していた。
 
落ち着いてもらうために、ほめることにした。
 
「すごい。そこの分岐間違えなかったですね。ありがとうございます」
「1号線の合流、落ち着いてくださいね。川崎方面、という表示です。よく見てくださいね」
 
今度は間違えなかった。
 
「すごいすごい。いい感じです。確認もしっかりしてますね」
 
間に合うためなら、何もかもほめようと思った。
 
無事、高速を降りたところで、また、電話が鳴った。
 
「プレゼン、20分後になった。間に合う?」
 
「今、高速降りたところです」
 
信号待ちの間に、大きな声で住所を伝えた。カーナビに入力してもらった。
 
「カーナビの入力、合ってますよ。ばっちりです。あと少し。落ち着いて」
 
拍手もした。運転手さんの顔に、笑顔が見えた。
クライアントさんに着いたのは、5分前だった。
 
「15000円ですが、10000円でいいです」
運転手さんに、お礼を言ってタクシーを降りた。
 
「こんな風に間に合うなんて、プレゼン勝てるよ」
みんなが、そう言った。
 
が、甘くはなかった。
 
でも、人生のプレゼンは勝ちに近づいた気がする。
最近、何かで怒りそうになるたび、この惨劇を思い出す。怒りを抑え、グッと踏みとどまることができている。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/54525

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-08-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事