正解なんてないんだとしたら
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:濱田 綾(ライティング・ゼミ平日コース)
何? このバタバタしているときに!
カバンの中から、ブルブルと振動が伝わる。
少しイライラした気持ちで、ゴソゴソと電話を取り出す。
ブレーキをかけ、片手で自転車のハンドルを支える。
保育園からの帰り道。早く帰らないとという気持ちで、焦っていた。
画面には「小学校」の文字。何ごとだろう?
「自分が思うように演奏できないようで、イライラしたり、練習に参加しないんです」
電話の要件は、息子の困った様子を伝えるものだった。
何でも、音楽の時間にリコーダーの練習をしているという。
「リコーダーの穴をうまくふさぐことができないのか、ピーピー鳴ってしまうんです。他にも同じような子はいるんですがね。息子さんは、みんなの前で吹くのを嫌がるんです。リコーダーくらい吹けなくても、大丈夫だと伝えたんですが。プライドがあるんでしょうね」
要はそんな状態を、家庭で何とかフォローしてほしいということだった。
リコーダーか。自転車をこぎながらの帰り道で、ふと思い出す。
何を隠そう、私も音楽は苦手だった。歌うことは好きだったが、そもそも音符も怪しい。
中学生の時だったと思う。チャルメラのあのメロディを、リコーダーで吹く場面があった。
私はチャララーララではなく、ピピピーピピと何とも情けないメロディしか奏でられなかった。
「まずそうなラーメンやなぁ」担当の先生が言った言葉に、教室は大爆笑。
恥ずかしくて情けなくて。できることなら泡になりたい。
そんな何とも苦い思い出が、私にもあった。
帰宅後、何だか普段と違う息子がリコーダーを持ち帰ってきた。
あまり話題には触れてほしそうではない。
うーん。どうするかなぁと思いながらも息子に話しかけてみた。
「リコーダーやってるの? お母さんは苦手だったなぁ」
いやいや。こういうことが言いたかったわけではないでしょ。
我ながら、なんて不自然なんだろう。直球すぎる。
「うん」息子はうつむいたまま発した。
「うん」って何?
本音を引き出せていない自分の母親力に、がっかりする。
もう直球しかないか。
「リコーダーうまくいかない? どうしようか?」
「うん」
はっきりしないなぁと思いながらも、とりあえず一回吹いてみることになった。
ピーピーピー。かすれた安定しない音が、部屋の中に鳴り響く。
「うまくいきっこないよ!」
「今度テストなんだよ。こんなんじゃ、笑われる」
さじを投げるではなく、本当にリコーダーを投げそうになる息子。
じゃあ、どうしたいのか。
自分を落ち着けるために、あえて、ひと呼吸飲み込んでから話し始めた。
「そうだなぁ。どうしようか」
「お母さんはリコーダーは苦手だから、うまく教えられないし、テストも代わってあげられない。でもリコーダーが吹けなくても、大丈夫なこともたくさんある。全部できる必要はないし。テストだって、受けたくないんなら受けなくてもいいんじゃない。そう思えるか、やっぱりうまくなりたいと思うか。どっちだろうね」
「うまくなりたい」
そうして、毎日のリコーダー特訓が始まった。
特訓といっても、私はへたくそすぎて、何にもアドバイスはできない。
ピーピーと奏でられるメロディをひたすら聞いているだけ。
「こんなに練習しても、笑われたらどうしよう」
上達はしているが、決してうまいとは言えないメロディを自覚しているのか。
息子がぽつりと言う。
その言葉を受けて、私の中の熱血スイッチが入ってしまう。
「どんな結果であっても、すぐには結果が出なかったとしても、一生懸命に取り組んでいる人を笑う資格は、誰にもないよ! 誰かが笑ったとしても、お母さんは笑わない」
ああ、また悪い癖で、子供相手につい熱くなってしまう。
「何かを決めるということは、勇気がいること。どんな答えや方法でもいいよ。正解はないから。でもどんな答えを選んでも、結局は自分に返ってくるから。そこは忘れないで。お母さんは、あなたが選んだことは、全力で応援するつもり」
少しは、実用的なアドバイスができればよかったのだけど。
引き出しが足りないなぁと反省させられる。
そんなこんなで、熱意だけの特訓の日々が過ぎていった。
ある時、息子がこそっと言った。
「テスト合格したよ。やればできることもあるんだね」
小さなピースサインが、何とも誇らしげだった。
毎日は選択の連続だ。
どんなに小さい事でも、何かしら選んで日々過ごしている。
何かに悩んだとき、ぶつかったとき、人によって色んな選択があるんだろうと思う。
がむしゃらに超えようと挑んだり、少し違う場所に置いてみたり。
そもそも、見えないところに移動したり。
選んだ方法によっては、とてつもなく苦しい思いをしたり、めんどくさくなったりする。
後悔することもある。
挑んでみたからって、努力したからといって、現実はすべてハッピーエンドにつながるわけでもない。
でも最後に納得できるのは、やっぱり自分で選ぶからだと思う。
どんな方法だっていい。
どんな答えだっていい。
どんな道を選んでもいい。
正解はない。なにが正解なんて、きめられない。
だけど、自分の心が納得するかどうかは、自分で決めるかどうかにかかってくる。
だから勇気を持ってほしい。選ぶ勇気を。
自分で自分の道を歩んでいく勇気を。
息子との特訓の日々。また一つ、愛おしい時間が増えた。
これからも、たくさんの選択をしながら歩んでいくんだろう。
プライド万歳。負けず嫌い万歳。
どんなこだわりも、その人を作っていくから。
どうか大切にしてほしい。
選択することは勇気がいることだけど、そのかわり可能性に溢れている。
日々は、未来は、可能性の連続だ。
少年よ、大志を抱け!
そして、いい大人も。
大いに、大志を抱け!
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