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メディアグランプリ

早くかえって、マイフェアレディ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
ベランダにいるお父さんたちの声が、やけに賑やかに聞こえる。
ちらっと覗いた父の顔は、随分楽しそうだった。
「あ、これ、うま」
テーブルの上に並ぶ料理はどれも美味しい。
だけど、かれこれ1時間黙々と食べ続けたフルコースも、二週目になれば飽きてしまう。
……だというのに、私のよく回る口に、食べ物を詰め込み続ける作業を止めることができない。
ベランダは未だに賑やかだ。
それに比べて、女だらけのこのテーブルは、飲み会と言うにはすこし静かすぎた。
「だって、何喋れって言うんだよ」
対岸にいる母たちは、こちらを見向きもしない。
いくら視線を送っても、私を誘ってくれない母を諦めて、私は再び目の前の少女たちと向き合う。
「やっぱ無理」
年下の少女たちから刺さる視線を前に、私は既に逃げ腰だった。
 
そもそも、この飲み会は私にとって、アウェーもいいところだった。
弟の中学時代のバスケチームの集まり。
今まで一度も参加しなかったそれに、何を思ったか、私は飛び込んでしまったのだ。
「やっぱ、よせば良かった」
……飲み会は結構好きだ。
もともと人の話を聞くのが好きな性分もあって、色々な人が集まる席には参加することが多い、と思う。
でも、それも相手が私より年上だったときに限る話で。
「こんなはずじゃなかったんだよな」
会場である家に着いて、真っ先に座らされたのは母や父たちのいる席ではなかった。
「私もまだまだ若いってことかしら」
なんて、死んでも言えない席。
……だって、私が一番歳を食っているから。
聞いた話によると、13歳と17歳。ちょっと前と言っても許されるはずなのに、それが遙か昔に感じる。
「だって、何喋れって言うんだよ」
ほんの少しが死ぬほど遠い。
同じ女でも、得体が知れなくて気味が悪い。
……もう言い訳も出来ないだろう。
「早く帰ってほしい」
私がこの席に座らされたのを彼女たちのせいにしてしまいたい。
正直、私は年下の女が苦手だった。
 
昔から、小さい子どもが得意ではなかった。
たかが19年しか生きてない分際で何言ってんだって感じだけど。
できる限り関わらないように、生きてきたと思う。
……それでも、4歳の時に生まれた弟は特別で、思えばこいつが元凶だった。
「見て、これからミズキはお姉ちゃんだからね」
そう言われて見せられたしわくちゃな弟は、お世辞にもかわいいとは言えなくて、少なくとも守ってやりたいとは思えなかったのだ。
だけど、彼が成長するにつれて、その認識は変わってくことになる。
「あら、かわいいわねえ」
ぬいぐるみを抱いて私と手をつなぐ弟に、知らないおばちゃんが声をかける。
ぱっちりした二重。ふっくらした桃色のほお。あと、笑った顔が死ぬほどかわいい。
……どれも私に無いものだったし、正直比べられているのも気がついていた。
でも、当時の私は案外ポジティブで、周囲にかわいがられる弟が誇らしかった。
「妹がいたら、こんな感じかな」
なんて、のんきに思っていたのだ。
年下の女の子、すなわち少女は皆こんな感じだと。
ぬいぐるみを愛でて、笑った顔が花のようで、控えめに言ってかわいい。
いつのまにか私は、少女に対して高い理想を掲げるようになっていたのだ。
 
だけど、現実にそうそう花のような少女はいやしない。
箸が転んでもおかしい年頃なんて表現じゃ甘い、そんな少女ばっかり。
だから、ゲラゲラ笑う中高生を見る度、私の少女はいなかったんだと絶望する。
花のように可憐な弟も、いつのまにかプロテイン片手に筋トレするゴリラになってしまったし。
「近寄らんとこ」
結局、いまだって彼女たちに近寄らずにテーブルの端でコーラを啜っている。
……年下の女の子たちなんて、私にショックを与えるだけだし。なんか怖いし。
「何はなせばいいか分かんないし」
それに尽きるのだ。
だって、私はティックトック見て笑えないし、Instagramですら精一杯。
会話のレベルを中高生レベルに下げてやれるほど、器用でもない。
……でも、それは彼女たちも同じなのだ。
目の前の得体の知れない19歳の女が怖いだろう。
「どうしようもねえな」
母に帰ると告げよう。家に帰ってYouTube見て寝よう。そうしよう。
そう思って、携帯を開いたとき、一人の女の子から声が上がった。
「あ、それ」
私のロック画面でぼんやり写るその人物を指さす彼女に、私は恐る恐る訪ねる。
「もしかして、知ってる?」
そう聞けば、彼女は笑顔で肯定を示した。
それを見た他の女の子たちも画面をのぞき込んで、口々に「私も知ってる!」とはしゃいでいた。
「なんだ、喋ることあるじゃん」
打って変わって賑やかになった私たちのテーブルは、やっぱり笑い声が汚いし、花のようとはほど遠いけど。
私も少女に戻れたような気がして、もう少しここにいてもいいかな、なんて。
再び腰を下ろしたのだ。
 
結局、私は食わず嫌いしていただけだった。
少女に幻想を抱いて、勝手に幻滅していただけだったのだ。
蝶のように花のように、なんて本気で信じていたのだ。
「そら、花のようになんて、無理だよね」
飲み会の帰り道、独りごちる。
もしかしたら、あの少女たちが他より大人びていただけかもしれないけど。
それでも、少し私は幻覚から醒めることが出来た気がしたのだ。
「また、会えるかな」
だけど、次はもっと大人びているといい。
背伸びしているともっといい。
そうすればきっと、もっとたくさん話せるはずだから。
だから、せめて蝶のように。
「早くサナギから孵ってね」
かわいいだけじゃない彼女たちの姿を思い描いて、私は次の約束を取り付けた。

***

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2018-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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