メディアグランプリ

「落として、ひろって」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:濱田 綾(ライティング・ゼミ平日コース)

まずい。やばい。めちゃくちゃ、まずい。
駅の改札前で、ゴソゴソと財布の中を探す。
ない。確かにここに入れていたはずなのに、やっぱりない。
すぅっと血の気が引いてくるのが分かるようだ。
東京へ帰る、特急電車の出発10分前。
じっとりとした汗が滲んでくるようで、私は焦っていた。

「もうすぐ電車もくるから、もうお見送り大丈夫やから」

ふるさとから東京へ帰る日。見慣れた小さな駅でのこと。
ここから特急電車に乗り、新幹線に乗り継ぎ、一日掛かりの長旅になる。
今度はいつ帰ってこれるかな。その時はみんな元気かな。
みんな年をとったなぁ。
そんなしんみりとしたような、切ない気持ちを抱えていた。
私は、一足先にお見送りを逆に見送って、一人で電車を待つことにした。
何となく涙が出そうな予感がして、見られたくなかったのもあった。
そんな気持ちを紛らわそうと、とりあえずコンビニに寄った。
特に何か欲しかったわけではないけれど、ぶらぶらと店内を回って、甘そうなカフェオレを選んだ。

待合室でふうっと一息ついて、カフェオレにストローを差す。
ミルクたっぷりの優しいまろやかさと甘い口当たりが、染みわたっていく。
もうそろそろ、ホームに向かおうかな。
旅行かばんを持って立ち上がり、財布の中の切符を出そうとした。
けれど出そうとした切符が、すぐに見つからない。
あれ? 確か、ここに入れていたはず。
いつも大切なものを入れる場所は、決まっている。
少し焦りながら、もう一回見てみる。やっぱりない。おかしい。
いや、やばい。あと10分で出発だ。
一旦立ち上がったものの、またどさっと座る。
財布の中だけでなく、カバンの中もゴソゴソと切符の捜索がはじまった。
ない。ない。やっぱり、ない! どうしても切符が見つからない。
つい数分前のしんみりさも、カフェオレのまろやかさに癒された瞬間も、一瞬でどこかに吹き飛んでいった。

駅に着く前には、確かにあった。ということは、どこかで落としたのか。
田舎だから、特急電車の本数も限られている。
これを逃すと、今日中に帰るのは難しいだろう。
翌日からは、大事な予定が入っている。
諦めて、新しい切符を購入しようか。
いや、この帰省ラッシュ期に、ほぼ1日デッキに立って帰るのは厳しい。
しかも結構な出費の痛手だ。
どうしたらいいのか。どこに落としたのか。
いや、そんなことを考えている暇があるなら、探したほうが早い。
一瞬のうちに色々な思いが頭をめぐり、私は駆け出した。

構内を探しても、落ちてはいない。駅員さんに聞いても分からない。
こうなったら、もう思い当たるところは、あのコンビニしかない。
もう時間はない。とにかく行ってみるしかない。
ダッシュで、カフェオレを買ったコンビニに向かった。
「あの……切符! 落ちて、いませんでしたか?」
息があがり、とぎれとぎれになる。
気のよさそうなおばさんが話す。
「ああ! あの東京行の切符? そうやったんたね。さっき駅に届けたで。行ってみて」
目の前が明るくなった気がした。
お礼もそこそこに、また猛ダッシュで駅に戻る。
またとぎれとぎれに尋ねる。時計を見ると出発まで、あと2分。

「東京行のやね。うーん。どこで買われたん?」
落とし物の確認手続きがいるんだろう。駅員さんは、少し困ったような顔をしていた。
焦って、すぐに答えられない。切符が私のものという証明が、すぐにはできない。
どうしよう。ダッシュ疲れで、もう思考が停止している。
そんな中で、駅長さんの声が聞こえた。
「まぁいいか。ほら急いで! 気を付けてな」
入場印を押された切符を手渡される。
「ありがとうございます!」
改札を抜け、エスカレーターを猛ダッシュで駆け上がる。
特急電車に乗り込んだと同時に、ドアが閉まった。

間に合った!
座席について、ふうっと一息つく。
私、ぼうっとしていたんだろうか。情けない。
落とし物は、昔から少なくはなかった。
準備はしっかりしているつもりなのに、どこかで抜けている部分が出るのか。
ふとした時に、何かを見落としてしまう。
そして焦ったり、悔やんだり、苦い思いを感じる。
失くしてから、そのものの存在の大きさや、自分の思いに気づくこともある。
でも、失くしたことだけに焦点を当てていても、何も変わらない。

汗ばんだ手で握りしめた切符を見る。
おかげさまで、翌日も予定通り過ごせる。
ほっとした安堵とともに、また助けてもらったなとありがたさがこみあげてくる。
今までも、私ひとりではどうにもならなかったと思う。
でもなんだかんだで、どうにかなってきたのは、誰かが助けてくれたから。
本当に、おかげさまだ。

そう、落とし物はサインのようだ。
きっと、たくさんのものや思いを抱えすぎる事は出来ないから。
そこからこぼれて、何かを失くして、初めて気付くこともある。
気付いたときには、遅い事もあるかもしれない。
でも気付くということは、そこからはまた、新しい何かを選ぶことができる。
たとえ、それが、最善や最短でなかったとしても。
失くしかけた時に気付く思いも、失くした後の思いも、全部つながってく。

特急電車が揺れる。景色が、山々から街並みに変わっていく。
コンビニのおばさんや駅長さんの顔が浮かぶ。
探しまわる滑稽な自分の姿が思い出される。
汗で少しくたびれた切符を見てみる。
偶然かもしれないけれど、回りまわって戻ってきた切符。
ただのドジな話だけど、何だか思いが湧くようなそんな出来事。
落とし物はしても、何かのサインは拾えるように。
感謝の気持ちだけは、失くさないように。

窓からの景色が、街並みからビル街に変わる頃。
曇り空の間に、夕焼けの光が差し込むのが見えた。
落として、ひろって。
私も背中を押してもらったような、そんな晴れやかさを感じていた。
***

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2018-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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