メディアグランプリ

阿佐ヶ谷大家族


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記事:上條弥恵(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「東京で一人暮らしするならどこがいいと思う?」
もしそう聞かれたら、私は絶対に「阿佐ヶ谷」をすすめる。
東京の阿佐ヶ谷。私が半年前まで暮らしていた街だ。JR中央線で、新宿から10分くらい。有名な観光スポットがあったり、大きな商業施設があったりするわけではない。土日には各駅停車しか停まらない駅だし、同じ中央線でも、たとえば“住みたい街ランキング”で上位に入る「吉祥寺」のような駅とくらべると、地味な、のんびりした駅だと思う。それでも私にとってはとても刺激的で、大好きな場所だった。
 
あの街の魅力は、言うなれば、国民的アニメ『サザエさん』。つまり、街全体に“昭和の大家族”のような温かさを感じるところだ。
近所の商店街の人たちはみんな、びっくりするくらいフレンドリー。何回か通うと、顔や名前を覚えてくれて、お店の前を通ると手を振ってくれたり、「こんにちは!」「おつかれさまー」などと声をかけてくれた。初めての一人暮らしで心細かった私は、それにとても救われた。自分のアパートに帰っても、誰かに「ただいま」と言うことはできないけれど、商店街にいけば、誰かが「おかえり」と言ってくれる。そのおかげ「帰ってきた」という実感がわき、安心できた。特によくしてくれたのが、家から徒歩1分くらいのところにある居酒屋のお兄さん。一見、強面だけどとても優しくて、仕事で夜遅くなることが多い私を心配して、「帰り道、何かあったらすぐにこの店に駆け込んできてね」と言ってくれた。実際にはそういう危険な目にあうことは一度もなかったけれど、その言葉自体がお守りのようで、夜道もとても心強かった。
今日はまっすぐ家に帰りたくない、誰かとしゃべりたいな、と思ったときは近所の飲食店に行った。女性一人でも入りやすいお店が多いのもいいところだ。ほかにも一人できているお客さんが多いので、お客さん同士で会話することも多かった。ある定食屋さんでは、店主であるおばさんが、翌日の日替わりランチメニューを何にするか、いつも悩んでいた。そこであるとき、「お客さん、ランチ何が食べたいですか?」とこちらにふってきたので、私を含め、その場にいた全員で、明日のランチは何がいいか小一時間話し合ったことがある(ちなみに、そのときは3月だったので、明日はちらし寿司にしよう、と決まった)。
また、『サザエさん』のようなホームドラマに欠かせないのが、人がよくて憎めない、そしてちょっと個性的なご近所さんだ。阿佐ヶ谷で出会った人にも、面白い人が多かったが、一番びっくりしたのは、金物屋のWさん。Wさんは、私がお店に何か買いに行っても、なかなか商品を売ってくれないのだ。たとえば、洗濯機の給水ホースの先についている、継手が壊れてしまい、新しいものを買いに行ったときは、「これはまだ使えるから取り替える必要ないです。直し方教えてあげるから! 新しいの買うなんてもったいない!」と言って、一生懸命直し方を教えてくれた。黙ってお店の商品を売ったら儲けになるのに! そのほかにも、何か買いに行くと「それなら向こうのスーパーの方がたくさん種類置いてありますよ」とか「もっといいやつ、100均でも買えますよ」みたいなことをさらっと教えてくれてしまう。驚くくらい商売っ気がないのだ。
それから、隣人もものすごくいい人だった。アパートの隣の部屋に住んでいたIさんは、私より少し年上くらいの、一人暮らしの女性。今どき、一人暮らしではご近所づきあいがまったくない、というところも多いと思うが、Iさんとは廊下で会ったときなどによく話をした。Iさんはとても面倒見がよく、いつも何かと気にかけてくれて、「最近困ったことない?」とよく聞いてくれた。雪の日などには、誰に頼まれたわけでもないのに一人で早く起きて、廊下や階段などの共用スペースの雪かきをしてくれていた。
そんなI さんはバンドのスピッツが大好きなようで、休みの日は朝から一日中、大音量でスピッツの曲をかけていた。うちのアパートは木造で、壁も薄かったので、その音はよく聴こえていたが、お世話になっているIさんに注意する気にはならなかった。むしろ、休みの日にのんびりしながら聴くスピッツはなかなか心地よくて、壁越しに一緒に聴いて楽しむのが習慣になってしまった。今でもスピッツを聴くと、Iさんを思い出す。
なんだか取り留めのない話をしてしまった。阿佐ヶ谷の住みやすさをアピールしようとすれば、ほかにもいろいろある。たとえば、おいしい飲食店が多い、駅前に24時間やってる大きなスーパーがある、商店街がにぎやか、治安も悪くない、古本屋さんや映画館・劇場など文化施設も充実している、お祭りやイベントが多い……など。でも、私が阿佐ヶ谷について語ろうとすると、やっぱり思い浮かぶのは、そういう表面的な情報よりも、ここまで挙げてきたようなエピソードだ。小さな話ばかりだけど、私にとっては、思い出すと温かい気持ちになる、大切な出来事だ。派手な事件があるわけではないけれど、ちょっと心が動いたり、くすっと笑えたりするような、小さな何かが毎日起こる、それが『サザエさん』に通じる、阿佐ヶ谷の魅力だと思う。

 
 
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2018-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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