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まずい、と思ったランチに、教えられたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ朝コース)

 
 
まずい。とにかく、まずい。
どういうことだろう。
 
お気に入りのランチが今日は、とてつもなく、まずいのだ。
家の近所で、数少ないごはん屋さんなのに。コスパも味も信頼できるお店なのに。私的には、「ランチのエース」 と言えるメニューなのに。
これじゃ、味の大暴投だ。
 
まず、米が硬い。水分を含んでいるのに、硬い。生暖かい。
歯ごたえが群を抜いて、悪い。
どこへ行ったのだ?
いつもの、芯がありながら、ふっくらしたお米は。
 
目玉焼きも、妙に硬い。白身の部分がこわばっている。
黄身もペタッとしている。
いつもなら、丸みを帯びたフレッシュな黄身とカリカリに焼いた白身の
ギャップがたまらないのに。
 
さらに、ひき肉とソース。硬い。油とひき肉が別居したばかりのご夫婦のようにぎこちない。
炒めたてのひき肉と辛いソースが、荒っぽい言葉でも仲の良いご夫婦のような掛け合いをしているのが、美味しいのに。
 
私の大切なガパオライス。「こんなはずじゃなかった」
 
驚きながらも、少しずつ食べる。
 
テレビを見ると、甲子園。打たれている投手も
「こんなはずじゃなかった」 と思っていることだろう。
 
8月第2週、お盆の日曜日。東京が一番広くなる季節だ。
いつも渋滞する山手通りは、広々。いつもジョギングの人が絶えない歩道も広々。人口密度は、相当に低くなっているはずだ。
 
この店も広々。お客は自分だけだった。
 
世間は夏休みだが、翌日の打ち合わせ準備で遊びに行けない状況だった。
 
お昼くらいは、少し外に出よう。そう思って近くのエスニック料理のお店に来た。
 
暇そうだ。
 
3人の店員さんが、金魚でも入りそうなくらい、大きく口をあけて、
高校野球を見ている。
 
「キョウハ、オクラトチッキンノ、カレーガオススメデスー」
 
いつもより少し強めにすすめてきた気がしたが、
迷わずお気に入りを注文した。
 
「ガパオライスください」
 
おすすめを無視されたせいか、
店員さんが寂しそうに笑ったが、気にしなかった。
 
だって、ここのガパオライスは、一食で三回美味しいのだ。
いつもなら!
 
一回め、ピリリとしてひき肉とソースが夏を連れてくる。
 
二回め、熱々の目玉焼きを口の中ではじけさせると、ひき肉とソースの痛みが中和され、微かな甘みを楽しめる。
 
まあ、ここまではガパオライスの規定演技と言えるだろう。
 
ここから、小さな幸せの小鉢がやってくるのだ。
中には、野菜たっぷりのグリーンカレーが入っている。
 
そいつがガパオライスを一変させるのだ。
 
グリーンカレーをかけた瞬間、ひき肉も、目玉焼きも
パーっと金色に輝く。
 
タイの街中のような活気あふれた味を、グリーンカレーが優しく包み込む。
野菜不足だった皿に、調和をもたらす。
 
ここからまた、新たな味が楽しめるのだ。
 
ところが今日は、
まず、ガパオライスに裏切られた。米に。目玉焼きに。ひき肉に。
 
どうして? と思いながらも
グリーンカレーのおかげで完食することができた。
 
食後のアイスコーヒーを飲みながら、思い出した。
 
そういえば、待っている時に、いつもはしない音がした。
 
チーン。
 
あれは、レンジの音だろうか。
「まかないごはんかな」
などと思いながら、つけあわせのサラダを食べていた。
 
「ちょっと色が悪いなあ」
と思っていると、また、チーン。と音がした。
 
合計4回だった。
 
そういうことか。
 
1回めのチーンは、米。2回めは、ひき肉とソース。3回めは、目玉焼き。
4回めは、グリーンカレー?
 
なぜ店員さんは、「オクラとチキンのカレー」 を、いつも以上に勧めてきたのか。
なぜ、ガパオライスを頼むとき、寂しそうな笑顔をしたのか。
 
そうだ、今日はお盆の日曜日。
 
いつも週末は、家族づれで賑わうこの店だが、みんな帰省か遊びに行っているだろう。そもそも集客が見込めない中で、営業している可能性は否めなかった。ならば、メインのカレー以外は、作り置き、という方針だったのか。
つまり、私的「ランチのエース」 は、本調子どころか、冷凍庫の奥から突然、出番を促されたのだった。
 
自分が関係なく働いていたから、思いも寄らなかったが、
今日のような日は、店員さんのおすすめに従うべきだった。
 
しょんぼりと、帰りに寄ったコンビニに、こんな札があった。
 
「2リットルの水が品薄になっています」
考えてみると、「いつもの定番」 という感覚は、脆いものかもしれない。
 
お店だって、なまものだ。状況によって、メニューも品揃えも変化する。
あることが当たり前、という東京の暮らしは、基本的なことを、時々忘れさせる。
 
お盆だぞ。忘れるな。
 
レンジでチーン4回で出来たと思われる、私的「ランチのエース」 
は、仕事にまみれた私に気づかせてくれた。
味の大暴投どころか、むしろ、心の胸元に豪速球を投げてきたのだ。
 
今、自分で鳴らすべき、チーンという音があるはずだ。
 
またひとつ、大切な大切なことを想い、実家の方に手を合わせた。

 
 
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2018-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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