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サンタはインフルエンザ


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記事:小林 蝉丸(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
元々、出張が多い生活には慣れてはいたつもりだったが、2016年の年末は度を越していた。
その週は月曜日に大阪の職場に出勤し、火曜日から水曜日は九州の長崎と佐世保へ。そしてそのまま東京に移動し商談をこなすと云うハードスケジュールが組まれていた。
当時、私は銀座にある商業施設のレストランのリーシングを担当しており、東京での商談のハイライトは北海道で回転寿司チェーンを手広く商っているO会長と東京で会う事だった。
 
金曜日の朝、午前10時前に車椅子ごと乗れるワゴンカーに乗りO会長はお付きの人数名を連れて来られた。一代で100億以上の飲食チェーンを築き上げられた立志伝中の人だったが、そのお姿は先日亡くなられた落語家さんの様に痩せて細く、鼻に酸素チューブを刺した状態で、娘さんに車椅子を押される姿は随分頼りなさげに見えた。
 
「O会長、今日は遠路はるばるお越し頂き恐縮です。よろしくお願いします」
「小林さん、今日はお会い出来るのを楽しみにしていましたよ。此方こそどうぞよろしくお願い致します」と云う和やかな挨拶があり、商談はスタートした。
 
O会長が北海道の極貧農家から、ススキノの寿司屋に丁稚奉公に入り、まだ海の物とも山の物とも判らない回転寿司屋を立ち上げて、毎年の様に起きる食中毒事件などの苦難を乗り越えながらも会社が大きくしていく成長譚は、思わず身を乗り出す程面白かった。
また飲食業界に身を置く人間が「銀座」に店を出す事は、高校球児が「甲子園」を目指すようなものであり、今回の銀座出店は「自分の経営者人生の集大成だ」と云う話は十分に私の心を打った。そう、商談は極めて順調に進んでいたのだった。
 
ただ1点、私の体調不良を除いては……。
 
その週は年末日の1週間前で出張先の各地で忘年会があり、普段お酒を飲まない私にはきつい行程だったのだが、私が自身の体調の異変に気付いたのは木曜日の晩だった。
全身が熱く、眩暈と寒気が止まらない。定宿にしている浅草のビジネスホテルで体温計を借りて測ってみると40℃を超えていた。直感で「これはまずい。九州か、移動の飛行機の中で風邪のウイルスを貰ったのかもしれないな」と思ったが、木曜日の深夜では打つ手はなく、翌金曜日の朝を迎える事になってしまった。
 
勿論、前日の晩に出来る限りの事、そのホテルに常備している「熱冷まし錠」の服用、そして昔懐かしい「氷枕」を手配して熱を下げる等の努力はした。本当はアイスノンを希望したのだが、ホテルに用意がなくあの懐かしいオレンジ色の氷枕に、ホテルの自販機で出てくる水割り用の氷を詰めたもので代用したが、高熱のためか上手く氷を入れられず、氷枕は水枕と化してしまい今思えば意味はなかったかもしれない。
 
そういった付け焼刃的な準備をしたにも関わらず、金曜日の朝は更に熱が上がっており私の体温は41℃を超えていた。一般的に41℃と云うと立って居られるのか? 歩けるのか? と疑問に感じるのだが、私自身は至って冷静で、浅草から銀座の商談場所まで自分の足でメトロに乗って出向いた。
 
私の会社が手掛ける物件は「銀座」と云う事もあり、O会長のお膝元の北海道の賃料相場の3倍以上の金額を提示せざるを得なかったが、会長には少しの迷いもなかった。
なにせ「甲子園」だ。「夢」には当然その対価が必要とされる事は、苦労人の会長は解っておられた。お付きの人の中には強く反対している一派も居ると聞いていたが、その場で創業者である会長に逆らえる人間は存在しなかった。
 
「それではO会長。こちらの出店申込書に押印して下さい。後日、弊社から出店合意書を2部お送り致しますので、内容についてご確認のうえ、一部を私宛にご返送下さい」と説明し商談の最終段階になると、O会長はよろよろと車椅子から立ち上がった。
「小林さん、これで私の積年の夢が叶います! 今日はクリスマスイブで、最高のクリスマスプレゼントを頂きました。本当に有難うございます」と涙を浮かべながら握手を求められた。私はこのご高齢の会長と、高熱を発している私が直接接触しても良いのだろうか? と内心躊躇いながらも、がっちり握手を交わしていた。
 
その後、ビルの1階まで車椅子のO会長を見送り、私はホテルが調べてくれた最寄りの内科医院に直行。そして鼻の粘膜を綿棒でこすられた上30分後には「インフルエンザ陽性」の診断が出て、そのまま大阪に帰還する羽目になった。
 
後日談としては、銀座での商談から3か月後にO会長はお亡くなりになられた。元々の持病悪化の為だったらしい。そしてO会長の夢であった銀座出店だが、残念ながら会長の没後直ぐに回転寿司チェーンからは出店キャンセルの申し出があった。
会長には1人娘が居たのだが、次期会長となるご主人が東南アジアご出身で「銀座」は彼にとって「夢」ではなく、北海道から目の届かない遠隔地であり、高額な賃料が足を引っ張る絶対に出店してはいけない物件としか思えなかったからだと伝え聞いた。
 
そういう訳でO会長の積年の夢は叶わなかった訳だが、私は「O会長はとんでもなく幸せ者だったのではないだろうか」と思っている。生きておられる間はひたすら夢に邁進し、到頭「銀座出店」が見える所まで来ていた。一体この世界のうちで何人の人が「これから私の夢が叶うのだ!」と信じたまま生涯を終える事が出来るのか、と思うからだ。
 
会長、クリスマスイブのあの日あなたは私の中にサンタを見ていた。正直に言うと私は自分がインフルエンザかもしれないと感じていたけれど、もし当日に商談をキャンセルしていたらあなたと「夢」について語り合う時間は持てなかった。だからサンタがインフルエンザで、仮にあなたの生命を脅かす危険性がある事をご存知だったとしても、きっとあなたは来られていた筈だ……夜の銀座に浮かぶ新しい商業施設を眺めながら、私は心の中で呟いていた。

 
 
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2018-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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