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スマホなしで、愛を語ろう!


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記事:富田裕子(ライティング・ゼミ平日コース)
 

今、忘れ物をしたときに一番困るのは、財布でも定期券でもなく「携帯電話、スマホ」かもしれない。
人と待ち合わせをするときは、なおさらだ。
寝坊した、電車が遅れている、待ち合わせ場所がわからない、など。
それでも、携帯電話さえあれば、なんとか会うことができる。
 

いつでもどこでも連絡が取れる。
私が大人になったころ、それはまだ、当たり前ではなかった。
 

あれは、もう平成だったが、携帯電話どころか、ポケベルが女子高生に流行り出す少し前のころの話だ。
当時、営業マンは会社からポケベルを持たされていたが、その他一般人の連絡手段は、もっぱら固定電話だった。
 

そのころ私は社会人1年生で、ひとつ年下の大学のサークルの後輩と付き合っていた。
私が一足先に、地元福岡に支社のある会社に就職したので、熊本にいる彼とは「遠距離恋愛」だった。
とはいえ、日常の連絡手段は固定電話しかない。
平日の私は仕事が忙しく、帰宅がいつも夜11時近かった。その時間に自宅からよそへ電話をかけるというのは、考えられなかった。
だから彼との電話は、だいたい週末に1回。その週なにがあったかとか、他愛のない話をして、じゃあ、来週もがんばろうね、という感じ。
 

その日は土曜日で、内容は忘れたが、電話で彼と些細なことでケンカになった。
そして仲直りしないまま、電話を切ってしまった。
全然寝付けない。あれこれ考えてしまい、モヤモヤが増幅していく。
今ならメールやLINEで「ごめんね」って送ることもできる。
でも、そのときの私は、1週間、モヤモヤを引きずらなくてはいけなかった。
それは、嫌だ。やっぱり直接会って、仲直りしよう。
 

翌朝、私は朝早く家を出た。家族には「ちょっと熊本まで行ってくる」とだけ伝えた。
駅のホームから彼に電話をしてみた。
ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる……。つながらない。
まだ、寝ているのだろう。気にせず、博多駅行きの電車に飛び乗った。
 

博多駅で特急に乗り換え、熊本についたのは10時前だった。
それからすぐに、彼の下宿に向かった。
コンコン。
あれ、留守かな? 寝ていて気づかないのかな?
外に出て、近くの公衆電話から、彼の部屋に電話を入れる。が、やっぱりでない。
あれ、どこにいるんだろう。
 

普段、彼が立ち寄りそうなところを、探してみた。
サークルの練習場所がある学生会館、学食、大学の図書館、よく行く定食屋も外から覗いた。でも、いない。
おかしい、おかしい、どこいっちゃったんだろう。
サークルの後輩たちと、どこかに出かけたのだろうか。昨晩電話したときは、出かけるなんて話はしていなかった。でも、朝7時半に駅から電話したときには、もういなかった。そんなに早くから、彼が行動するとは思えないんだけど。
 

彼の下宿、学生会館、学食、図書館、定食屋……ハムスターが回し車をクルクルまわるように、私も同じところをぐるぐる回った。
昼を過ぎると学生会館にはサークルの後輩たちがぽつぽつ練習にきていたので、気付かれないようこっそりのぞいた。
ぐるぐるの間にも、公衆電話から何回も彼の部屋に電話をした。
ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる……むなしく呼び出し音が響く。
ダメだ。いったん夕方まで時間をおこう。
 

私は熊本中心部に出て、映画館に入った。何の映画かなんて、覚えていない。
映画が終わると、また彼の下宿に戻り、もう1回ぐるぐるをやった。
でも彼は、見つからなかった。
ああ、明日からまた仕事。もうタイムリミットだ。
失意のまま熊本駅に戻り、博多駅行き特急に乗った。
 

最寄駅で電車を降り、自宅までの長い坂をとぼとぼ上がる。
あの角を曲がれば、うちはすぐ。
家族から「熊本で何したの?」って聞かれるだろうな。なんて答えよう。こんな顔してたらおかしいよね。
 

はぁ。
溜息をつきながら郵便局の角をまがった。
……なんと、そこに彼が立っている!
え、え、なんでここにいるの?! 
 

「ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう」
彼は笑顔で、抱えていた花束を渡してくれた。
 

あんなに探しても見つからなかったのに、なぜこの人は私の家のすぐ近くで、花束持って立ってるんだ?
でも、言葉が出ない。訳が分からなくて、もう頭、パニックだ。
うわーーーーーーーーーん!
私は大声で泣いた。子どもみたいに、わんわん泣いた。
感情が一気にあふれ出て、とまらない。
彼は、ちょっと困ったような顔をしていた。
 

ずいぶんたって、落ち着いてから話を聞くと、こうだった。
私が彼との電話を切り、ケンカになったことをぐずぐず考えていたころ、彼は24時間テレビで間寛平が走るのを見ていた。寛平ちゃんの走りにえらく感動した彼は、下宿を出て福岡に向かって走りだしてしまったらしい。
私に会うために。
 
彼は暗い山道を夜通し走り、朝になり、昼になり、筑紫野に入ったところでどうしても動けなくなった。
その距離、グーグル計測では、だいたい100キロ!
福岡の自分の実家にSOSを出して迎えにきてもらい、いったん実家で着替えてから、親の車を借りて私の家まできてくれたらしい。
 

なんか、かっこいいんだか、よくないんだか。
でも、完走したとか、してないとか、関係ない。
熊本から走って会いにきてくれた。私は、それが最高にうれしかった。
 

その彼と結婚し、もう22年。
「もう、スマホ持ってるんだから、飲み会のときはちゃんと連絡入れてよね」などと、彼は私から怒られていたりする。
 

いつでも連絡がとれる。今はそれが当たり前。
でも、すぐに連絡が取れないからこその「ドラマ」もある。
もうあのころには、戻れないけれど。
 

***

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2018-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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