メディアグランプリ

布団の敷き方今昔


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【9月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事: 小林 千鶴子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「布団を踏んではいけません!」
 
そんな叱責を聞いたことがあったような、なかったような。
 
なんてことを思い出したのは、先日のお茶のお稽古前。先生と同門女性と3人での歓談中である。
今年、米寿を迎えられた先生は昔話を始めると瞳がキラキラ輝く。尽きることなく思い出が口をつく。
 
ひいおばあさんの話になった。
先生の曾祖母というと明治初頭の生まれだろうが、幼い先生が遊びに行くと、真夏でも黒い羽織を着て、鶴のように端坐して迎えてくれたそうだ。今ほど暑くなかったといえ、冷房もない時代に、薄ものの着物だけでも暑いものを、さらにその上に羽織を羽織って、それでいて汗一筋も見せない端然としたお姿だったらしい。
 
現代では喪われてしまった昔の日本女性の佇まいやたしなみや習慣。
 
昔のしっかりした家の子女は姿勢をよくするために、背中と帯の間に竹の物差しをはさんだとか、いいお宅に行儀見習いに行って家事や所作の躾を受けたとか、今風にいえば「スパルタ教育」を受けたのだろう。
とてもじゃないけど、私にはつとまらない。
 
昔はこうで、今は簡略化されてこうなった。というような話に興じていた時、ふと思い出したのが、「最後の将軍」徳川慶喜の孫が書いた「徳川慶喜家のこども部屋」。
慶喜の孫で著者の榊原喜佐子さんが女中たちの布団の敷き方を追想する場面がある。手元に本がないので正確に思い出せないが、「今と違って」全く布団に乗らずに綺麗に布団を敷いたと書かれている。
それを読んだ時私は、「昔の人はなんて器用だったんだろう」と思った。
 
敷布団を敷いて敷布をかける。そして、その上にちょんと乗って掛布団をパーッと広げ四隅をそろえたら、敷布団から降り、足あとを消して枕を乗せる……というのが私の布団の敷き方だったから、一度も布団に乗らずして布団を敷くなんて、器用を通り越して「芸当」に思えた。そんな芸当をやるには時間も手間もとんでもなくかかるに違いない、とも。
 
そんな話を私がすると、最後まで話し終わる前に、先生と同門女性から「あら、布団は乗らずに敷くものよ」という言葉が覆いかぶさった。それも、軽く、ではなく、かなり強い口調で。
 
私は面食らってしまった。
 
先生、米寿。同門女性は60代後半。かたや私、50代。
若干若いとはいえ、2人と私の間にそんなに世代差があるものだろうか。
いや、これは世代差ではなく、「いいおうち」と「庶民」の違いだろうか。
 
それからこんこんと、「布団は乗らずに敷くもの」という講義(?)が2人によって繰り広げられた。
私って、そんなに非常識?
私って、そんなに下賤な育ち?
 
私は普通の家庭に育った。祖父母と同居の三世代家族だったから、割かし古い時代の習性も身近に見ながら育ったつもり。
 
畳のヘリを踏まないとか、座布団を踏まないとか前後ろを保つとか、裏返して次の人に譲るとか、そういうのは普通にやってるけど、布団を敷く時は、動作に無理があれば、敷布団の上に乗って掛布団を掛けたものだ。
母から「敷布団の上に乗ってやるのよ」と教えられた覚えはないけど、周囲の大人はみんなそうやって敷いていたし、布団を上げる時だって敷布団に乗って掛布団を畳んでいたように思う。
第一、大広間に寝ているわけじゃない、6畳とか8畳の部屋に幾つも布団を並べるわけだから、布団以外のスペースなんて差ほど存在しない。わざわざ布団の外周を回って敷布を入れ込んだり、掛布団の四隅を揃えるなんて、そんなことしたら、隣の布団を踏んじゃうじゃないか。
 
生まれてこの方、友達んちや親戚のうちや、旅館やホテルにも何度も泊まったけど、私が目にしてきたのは「布団に乗って布団を敷く」姿。
それから、敷き終わった布団の上で飛び跳ねる子供たちの姿。
修学旅行ともなれば、びっしりと重なるように敷かれた布団を広大なマットとして転げまわって遊んだ。
 
これ、全部間違いだったのか!?
 
かつて「徳川慶喜家の子ども部屋」を読んだ時、布団を踏まずに布団の上げ下ろしをした時代、階級というものがあったのだと初めて知った。
布団の正しい敷き方は、「乗らない踏まない跨がない」だと。
 
同門女性のご母堂が、先年卒寿を迎えたくらいの高齢で亡くなられた。東北の旧家で、お葬式には親類が多く集まり、ご実家に20人以上の方が泊まられ、ということは、20組以上の布団が延べられたようだ。
その時も、ご実家を継がれた弟さんが集まった子供たちに「布団を踏むな」と注意する姿があったという。
 
そういえば、と、私の中で何かが疼く。
 
「布団を踏んではいけません」という言葉を耳にした記憶はあるのだ。いったい、いつ誰からだったかは皆目思い出せないけれど。
 
でもそれも遠い記憶の中。今じゃベッドの生活で、昔でいえば「万年床」。
楽な時代になった。
 
育ちのいいふりする必要はないし、なんでも昔のやり方がいいわけでもない。でも、物事を丁寧に扱った時代のことは知っていてもいい。そう思う。
 
今度、実家に帰った時、一度も踏まずに布団が敷けるか試してみよう。
きっと翌日は筋肉痛だろうけど。

 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/57289

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事