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カウントダウン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【9月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:井上かほる(ライティング・ゼミ平日コース)
 

豚の生姜焼き、厚揚げと大根の煮物、おからの炒り煮、味噌汁、白ごはん。
久しぶりの実家ごはん。
面倒くさくて普段は買ってしまう煮物や炒り煮が、体に染み渡っていく。
ちゃんとした「ごはん」を食べている感じがした。
ただ、おかしなところが1つだけ。明かりが懐中電灯だった。
 

9月6日、午前3時8分。
ドガン!!!
ガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!
ガッガッガッガッガッガッガッガッ!!!
ガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!
 

ベッドを下から大きなハンマーで殴られたような衝撃。
文字通り飛び起きた。
飛んで、ベッドに丸まって伏せたが、そのベッドの四角を誰かに掴まれたように右に左に揺らされる。
「振り落とされる!」
床に伏せ、ラグの短い毛足にしがみついた。
しがみついたまま、マンションごと背中から落ちるんじゃないかと思った。
 

眠って数時間。ちょうど深い眠りに入る頃だったのか、なにが起きたのかわからなかった。慌ててリビングのテレビをつける。目と耳から入る情報で、大きな地震が起きたことを認識できた。
母からLINE。「大丈夫?」とだけ来たので、「大丈夫」と返す。
返してすぐに、寝室のライトが点滅。2~3回点滅したところで、ライトもテレビも消えた。
なにも見えない。
火災報知器が遠くから聞こえてくる。
 

スマホアプリのラジオをつける。
私が住む札幌を含め、北海道の主要都市で停電が起きているという。
そして、また揺れる。
 

このままじっとしているべきなのか、外へ逃げるべきなのか。
ベランダから外を見ると、当たり前だが真っ暗で誰もいない。
家にいるべきか。
いや、でも、いつでも出られるようにしておこうと、リュックに常備薬や財布、カップ麺、飲み物、充電器、防寒具を詰める。旅行するときの荷物を詰めるスピードが役に立った。
ラジオに耳を澄ます。震度5とか6とか(後に最大震度は7に修正された)、北海道で聞いたことのない震度。余震も同程度のものが起こるかもしれないという。
……嘘だろ。
北海道でこんな大きな地震。
私もだけど、親も経験したことない。
しかも、同じくらいのがまた起こるかもしれないっていう。
道民のほとんど、特に札幌でこんな地震が起こるなんて、思っていた人はいなかっただろう。
それくらい、よくも悪くも災害に縁はなかった。
 

じっとしているべきか。外へ逃げるべきか。
ベランダから再度外を見ると、向かいのマンションの人や隣の一軒家の人、同じマンションの人が集まっていた。私はパンパンに詰めたリュックを背負い、外へ。
「揺れましたね。びっくりしましたね」
初めて同じマンションの人と話した。
家族に電話したり、サイレンが聞こえる方を見に行く人など、話したこともない人が行き交っていた。
しばらくみんなで話すも、解決策は見つからず、30分ほど経って全員が自宅へ戻った。部屋は真っ暗なまま。ラジオを聴き、Twitterで情報を探し、母とLINEをしていたせいか、スマホのバッテリーが50%を切る。寝る前に充電しなかったことを悔やんだ。
ラジオの情報も繰り返しの内容ばかりになってきたので、ラジオは1時間に1回、母とのLINEも最低限だけに抑えて日の出を待った。
明るくなって余震が減り、気持ちも落ち着いて来た。今のうちにと浴槽に水を貯め、ブレイカーを落とし、ガスの元栓が閉まっていることを確認。
 

地震でも前日の台風でもミシミシいったという実家が心配になり、母にLINEをした。
「そっち行こうかな」
が、返事が来ない。
既読にならない。
なにかあったのか。
スマホのバッテリーが切れたのか。
私のスマホも残り40%。
突如ラジオが聴けなくなった。
携帯の電波が立っていない。
 

インターネットって電話回線より優秀なんじゃないの?
電話はダメでも、LINEは大丈夫って、Twitterも大丈夫って思いこんでいた。
外への連絡手段がなくなり、唯一の情報源だったラジオも聴けない。
色々試してしまったせいか、スマホも30%になっていた。
 

もうダメだ。ここにいてはどうにもならない。地震の揺れも恐怖だったが、連絡手段と情報源であるスマホの、バッテリーのカウントダウンが怖かった。
 

実家には電池式のラジオがあったはずだ。リュックを背負い、2リットルの水をカゴに乗せ、自転車にまたがる。信号はすべて消えていたから、ドライバーとしっかり目を合わせてからじゃないと横断歩道を渡れない。
照明が1つも点いていないコンビニには人だかり、ガソリンスタンドには先が見えないほどの車の列、ホームセンターも100m以上人が並んでいた。自販機の前でダンボールを抱え、何本も飲み物を買っている家族もいた。
 

異常な光景だった。
 

「食べものがなくなる」
「ガソリンがなくなる」
「スマホの充電がなくなる」
食料、ガソリン、充電器を求めた人で溢れかえっていた。
「なくなる」カウントダウンで焦った人たちが、我先にと行動していた。
 

5日経った今思えば、札幌は被害の大きかった清田区や厚別区、東区を除くと、(家に食料が全くなかったという家を除けば)食料やガソリンはなんとかなったのかもしれない。ところが、いくつもの「なくなる」というカウントダウンが始まり、一斉に恐怖を感じたのだ。また、現金を持たない人は買い物すらできなくなっていた。
 

いつでもネットで買える時代。
カード1枚で現金がいらない時代。
スマホさえあれば情報がいつ、どこでも得られる時代。
 

なんでもできると思える現代は、恐怖のカウントダウンが起こった時、太刀打ちできないものがある。
「昔からあるもの」だ。
缶詰やレトルト商品などの備蓄品に現金、携帯ラジオに乾電池。
知恵や経験が詰まったものだからこそ今もあり続けるものなんだと、改めて実感した。
実際私も、場所を取るからといって余計なもの扱いしていた備蓄品はほぼなかったし、ポイントを貯めるためにカード払いを多くして現金はほとんど持っていなかった。
「スマホさえあればとなんとかなる」と思い、携帯ラジオも乾電池も持っていなかった。
 

どんどん便利になる世の中。
進化していくサービスやモノを持っていることは素晴らしいが、今回の地震で「便利」だけではない、「昔からあるもの」にしっかり目を向けていきたいと思った。
 
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2018-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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